「花桜君……君の務めを」




そう言いながらその指先で涙を掬い取る山南さんの指先。




「山南さん……切腹の……準備が……整いました……」


そうやって涙をこらえながら必死に告げて
ゆっくりとお辞儀をする。



「わかりました」




そう言うと山南さんは静かにその場所から立ち上がって、
自分の部屋を自ら出て行く。



どんな言葉も届かないほど深い彼の覚悟を、
私は目を背けずに見届けたい。



山南さんと共に向かう最期の場所。



その場所にはすでに隊服に身を包んだ
幹部の人たちが、その瞬間を見届けるために座っていた。




「山波、末端に座れ」



告げられる声のままに私もその場所に正座する。




真っ白な着物のまま、ゆっくりと支度された
その場所へと歩みを進める山南さん。


その場所には、四方が置かれその上には柄を外した「脇差」が
白紙の上に静かに置かれていた。


四方の前に静かに歩んでいく山南さん。


その傍ら、介錯人を務める沖田さんは袖を襷掛けにして、
袴の裾をくるぶしまでたくしあげて縛っていた。

沖田さんの傍には桶が用意されて水が汲み上げられていて
柄杓も用意されていた。


介錯人である沖田さんはゆっくりと刀を鞘から解き放ち、
刀を清めて八双に構える。


覚悟していた時間。


止まることのない時間は私の目の前で夢を現実へと変えていく。


目の前で流れるように切腹の作法は執り行われていく。


山南さんは、私たちを真っ直ぐに見つめて
静かに一礼をすると襟元に手をかけてそのまま下へ滑らせるように手を降ろし
お腹の部分で大きく左右に白装束を開いた。


次に三方の上の白紙で、切腹刀となる脇差しを
刃先、四部くらいを残して白紙で巻いていく。



「総司、介錯は私の合図の後に」



小さく告げると山南さんは、お臍の周囲を三度撫でて
静かに前かがみの体制に入ると「いざっ」っと言葉を発した。



その瞬間、左のわき腹に切腹刀を突き刺して歯を食いしばる山南さんの姿が目に留まった。


歯を食いしばりながらも、その手は止まることはない。


そのまま右側に引いた刀を抜いたように見えたその切っ先は、
鳩尾の方へと突き刺さっていく。


目を背けたくなる……。


それでも……目を背けることなんて出来ない。


山南さんの旅立ちを見届ける幹部たちの震える背中を
後ろから見届けながら私も山南さんへと必死に意識を繋ぐ。



その手がゆっくりと止まった時、「総司」っと山南さんが、
沖田さんの名前を告げたその瞬間、沖田さんの刀が、
山南さんの首を皮一枚残したまま一瞬に落としていく。


それと同時に、前へと力なく崩れている
山南さんの体を視線が追いかける。


士道の作法に基づいて最期の旅立ちを終えた山南さんの首を
局長である近藤さんが検分して、絶命を確認した後、
ゆっくりとその場所から立ち去っていく。


山南さんの亡骸にはすぐに幹部隊士たちによって、
手厚く旅立ちの支度を整えられていく。


柄杓の柄を用いて切り落とされれた首を胴と繋げ
敷絹で丁寧に包まれた後、棺の中へとおさめられていく。


目の前で起こる出来事がただ流れていくようで、
その場から動くことすら出来なかった。




「山波、よくやった。
 式まで時間がある。少し休め」


何時の間にか背後に居た土方さんの声が、
諭すように告げた。


「……はい……」


小さく頷くと土方さんもまた、
その場所から姿を消していく。


私は……今も整頓しきれていない一連の記憶を必死に処理しながら
重く感じる体を引きずるようにしてその場所から離れた。



どうやって辿りついたのか、どの道通ったのかすら
覚えきれていない記憶の中で辿りついた自室。


山南さんの羽織を抱きしめながら
静かに崩れ落ちる。



それでも……涙は流れてくれない。