伊東甲子太郎。

その人が来てから山南さんは益々、表に姿を見せることがなくなった。

山南さんが居る場所は、自室に引き籠っているか、明里さんの暮らす場所。

私はと言えば、新選組の中で距離をとじ始めているように感じる
山南さんの傍に少しでも寄り添いたくて、屯所内の仕事の合間に
何度何度も、山南さんの部屋へと足を運ぶことしか出来なかった。


*

「山南さんが見えねぇ。

 あの人の心が何処にあるのか、山波花桜。
 偵察して、報告しろ」

*


あの日、土方さんに堂々と許可を貰った。

だけど私がやってることなんて、偵察とは程遠いし
偵察なんて最初からする気はさらさらない。

偵察なんて、私に頼むよりも山崎さん頼む方が効率がいいに決まってる。

だけど……土方さんは、あえて私に頼んでくれた。

勝手な思い込みだけど、山南さんの傍に居たいと望む私の想いを叶えてくれたんだって
そんな風にも思える。


その日も朝餉の支度・後片付け・屯所内の洗濯が終わった後、
僅かに見つけ出した時間を利用して、私は山南さんの部屋へと足を向けた。


ふいに山南さんの部屋の中から、カラカラ・ゴトンっと
何かが落ちるような物音が耳を刺激して私は慌てて部屋の障子を開いた。



「失礼します。山波です。
 山南さん、大丈夫ですか?」


勢いで開けてしまった扉。
いつもは必ず山南さんの返事を貰ってから開くのに……。


部屋の中には板の上に転がり落ちている真剣。
腕を抑えながら、床にうずくまっている山南さん。


「……山南さん……」


どう声をかけていいのかわからなくて、
私は名前を紡ぐしか出来なかった。


「山波君でしたか……情けないところを見せてしまいましたね」


そう言って私に告げる山南さんの表情は何処か寂しそうで悲しげに映った。



私の練習相手になるために、木刀で稽古はつけてくれる。

だけど私の練習相手なんて、山南さんにとってはリハビリにもなりはしない。
多分……そう言うことなのかもしれない。

山南さんはずっと、こうやって……再び真剣を握れる日を信じて練習していたのかもしれない。
一人、孤独な時間を抱えながら。


そんな山南さんの様子を見ていたら、何とか力になりたいって思っちゃう。
だけど私出来ることなんて、たかが知れてる。


山南さんのテリトリーである部屋に心を決めてツカツカと入り込むと、
内側から障子を閉める。

そして次に手を伸ばすのは、山南さんが持とうとしていた真剣。


「山南さん、剣を持ちたいんですか?
 持ちたいんですよね。

 山南さんの腰にあるものは飾り太刀なんかじゃないから」



そう言って山南さんの剣を鞘にしまって手渡す。
山南さんは私が渡した刀を受け取る。