「近藤さん、山波です。
朝餉をお持ちしました」
「山波君かっ。入りなさい」
中から声が聞こえて襖を開けるとそこには傷口の手当てをしなおしている仕事中の丞を見つける。
「傷はいかがですか?」
「少し痛むな。
今は私がここを離れる時ではないと言ったのだが、
歳に説得されてしまった。
労咳の総司を休ませるために、私に大阪城での治療を受けてくれっと」
近藤さんの言葉に、私は先ほど、土方さんが敬里にいっていたその言葉を思い出す。
おかしくなって、クスクスと思い出し笑いをしていると、
近藤さんは確信するように告げた。
「総司には私が大坂で療養するために護衛しろとでも、
歳は説得してたんだろう」
目を細めながら土方さんのことを話す近藤さんは、
凄く穏やかな瞳をしていた。
「山波君、君には今日までいろいろと大変な目に巻き込んでしまった。
君が山南君の縁者としりつつも、辛い目に合わせてしまって済まないと思っている。
未来から訪れた君なら、話さずともこの先の我らの険しくなる道のりは知るところだろう。
どうか私が隊を離れた後も、歳の傍で、アイツを支えてやってくれ。
アイツは口には出さないが、君が傍に居ると、少し穏やかな表情になる。
私や総司が隊を離れても、君の話なら、歳は聞くやも知れん。
頼んだよ、山波君」
そう言うと、療養中の布団の上で近藤さんは私に静かに頭を下げた。
「私に何処までできるかわかりませんが、
私が出来る限り、新選組の為に働きたいと思っています」
そう告げて、私はゆっくりとお辞儀をして近藤さんの部屋を後にした。
退室間際、丞の視線を感じた。
近藤さんの部屋から隊士が食事をしている広間へと移動すると、
大広間では敬里が他の隊士たちに囲まれながら静かに食事をしていた。
おはよっと、軽い口調で話しそうになる状況を必死に冷静になって、
新選組の沖田総司と、新選組お世話係の私として立場をわきまえて深呼吸した後に声をかける。
「おはようございます。
沖田さん」
するとあのバカ、敬里は『山波』ではなく、いつものノリで「おはよう。花桜」っと言葉を返す。
途端に隊士たちは、口々に『いつの間に』っと驚いたような仕草を見せる。
慌てて敬里の隣に近づくと、耳を引っ張って『や・ま・な・み』っとウィスパーで告げた。
慌てたように「山波」と言い返そうとするものの、すでに遅し。
一番組の隊士たちに冷やかされる私に、再び突き刺さるような視線が浴びせられる。
もう……丞まで、勘弁してよ。
私はその場から逃げ出すように、炊事場へと行くと自分の分のご飯を準備して大広間で静かに食事を始めた。
朝食を食べ終えた後、近藤さんは今は沖田総司である敬里と数人の隊士たちを連れて、
伏見から大坂へと移っていった。