「皆、前の舞のことを忘れてしまっているのに……
私ですら覚えていなかったのに、不思議ですね。
斎藤さんと晋兄の二人だけは、嘉賀舞と言うもう一人の未来から来た少女の存在を覚えてる」
「そうだな。
だが覚えていると言っても、全てを記憶しているわけではない。
漠然とした記憶だ」
「……はい」
「総司と岩倉はどうした?」
「沖田さんは、これから近藤さんの身に起きる未来を近藤さんの別邸で瑠花が話したんです。
近藤さんが墨染の地で、高台寺党の残党に銃で狙われること。
二人は近藤さんを助けるために、墨染へと出かけたはずです。
だけどその道中で、何かがあったのだと思います。
昨日、私は瑠花の悲痛な叫びを聞きました。
だから……あの頃、もう一人の舞ちゃんがずっとお参りを続けていた龍神様に力を借りたくて、
あの場所へと向かいました」
そう……そして、二人は多分、龍神様のお導きで瑠花の時代へと戻ったはず。
「二人は加賀が願った通り、岩倉の時代へと旅立ったのか?」
「多分……龍神さまは、瑠花の願いを叶えてくれたように感じます」
そう……二人が、どの時代に飛びだっているかなんて私にはわからない。
ただ、この世界からは飛び立ったはず。
「それ故に、岩倉の存在は最初から居なかったものとして、この時代から抹消されて、
僅かな者たちの心にしか留まっていない。
そして消えた総司の代わりに、総司に成り代わる存在が誕生した。そう言うことか……」
斎藤さんの言葉に、私は慌てて布団から立ち上がる。
そう、さっきからずっと気になってた。
沖田総司は瑠花と一緒に旅立ったはずなのに、
改変された歴史とは別に、今のこの時代で沖田総司を名乗る存在は別にいて、
歴史上の大きな改変は見られない。
あの沖田さんではないはずの沖田総司が確実に存在していて、
彼の歴史を受け継いでる。
だったら誰が?
また誰かが巻き添えになったの?
疑問だけが湧き上がる。
「斎藤さん、私をその人のところへ」
息が詰まりそうになるほどの罪意識を、
必死に飲み込んで、絞り出す声で思いを告げる。
「あぁ、加賀ならオレの疑問を解消できるかもしれないな」
そう言うと斎藤さんは私が歩きやすいように付き添うような形で、
横に並んだ。
「今、局長は大阪城へ向けて出発しました。
沖田先生も同行されます」
隊士の一人の報告を受けて、
私は慌てて門の方へと駆け出す。
そこには肩を負傷した近藤さんと共に見慣れた顔が存在してる。
山波敬里【やまなみ としざと】。
現代では花桜の従兄弟として存在し、
その血筋は……記憶の中の嘉賀舞と隣に居てくれる斎藤さんとの間に誕生したその命の末裔。
「敬里……」
門から挨拶を済ませて出かけてしまう人たちを見送りながら、
私は巻き込まれた新たな犠牲者の本当の名前を呟きながら、
ヘタヘタと地面へと座り込んだ。
動き出した最期の扉。
それは新たな犠牲者を巻き込んで運命は流転し続ける。