油小路の変。
私が住んでいた後の世で、そう名付けられた歴史上の事件が終わった。

近藤さんの別邸が襲われて、数日後の出来事だった。

別邸が襲われた時、応戦で無理をしたことによる高熱は、
なかなか下がらなくて総司は油小路の変に参加することは出来なかった。

油小路の変がおこったその日の朝、珍しく別邸に尋ねてきた土方さんは私とお孝さんに席を外すように告げた際、
総司にその話をしたようだった。


夜になって予定通り呼び出された伊東さんが近藤さんと対談しているようだった。
そして話し合いが終わり、伊東さんが帰るようになったころから静かに布団の上で体を起こした総司は、
じっと愛刀を見つめたまま唇をかみしめて過ごしてた。


「総司……」

「悔しいですね。
 思い通りにならない、この体が……」


そう消え入るような声で呟く総司の口元からは、
ツツっと一筋の血が線を作る。

そんな総司を私はただ抱きしめることしか出来なくて、
布団の上で座ったまま動かなくなった総司を包み込むように抱き着いた。

抱き着いたのと同時に、口元から流れ落ちた血を手ぬぐいでふき取る。

その直後、体が一瞬強張ったかと思うと咳き込み始めて、
私は呼吸が整うのを待ちながら背中をさすり続けた。


「瑠花……」


小さな声で私の名を呼ぶと、背中をさすっていた手を止めるように告げた。

咳き込んだ際に肩から落ちてしまった羽織を再びひっかけて、
総司の方の正面へと移動して座る。



するとお孝さんが姿を見せて、
新選組の隊士の一人が総司に会いに来ていることを知った。


「瑠花、少し肩を貸していただけますか?」


そう言うと総司はゆっくりと私の肩に添えて布団から立ち上がり、
肩の手を離して一人で立つと、玄関の方へと一歩ずつ踏み出していく。


「沖田先生、夜分に申し訳ありません」


総司の姿を見た途端に、嬉しそうな表情を見せた後、
申し訳なさそうなトーンで言葉を続ける。


「一番隊は永倉さんと共に行動でしたね」

「はいっ。
 伊東甲子太郎は大石鍬次郎【おおいし くわじろう】が槍で肩を貫き、
 本光寺門前にて絶命。
 その後、手はず通り高台寺党を呼び出し待ち受けて戦いました」

「それで平助は助けられましたか?」

藤堂さんは助からない。
私が思い浮かべたのと同時に、目の前の隊士は首を横に振った。


「藤堂先生を助け出す手はずは整えていました。
 ですが最後の最期に事情を知らない新入り隊士に背後から斬られて絶命しました」


報告に来た隊士も顔を下に向けて肩を震わせてる。

「報告ご苦労様でした。屯所に戻ってゆっくりと休んでください」

総司はねぎらう様に告げると隊士は一礼して外へ出て行った。


部屋へと戻った総司は一人にしてくださいっと私に告げて、
私が立ち入る隙を与えないまま襖を閉めた。