美紀がたじろぐその源は、目の前の日差し除けにあった。

珠希と正樹の思い出が其処にぶる下がっていた。




 それは珠希が亡くなる前年の秋。
国民体育大会に出場する珠希の応援に行った時のことだった。

試合の会場に向かう前に、珠希が正樹にキスをせがんでいた。
勇気を……やる気を……
正樹から貰うためだった。


美紀が見ているとも知らずに……
正樹はそれに応じた。


珠希の激しいキスを目の当たりにした美紀は心を閉ざした。


(――美紀、見ていなさい。これが愛されるってことよ)

まるでそう言われているような感覚だった。

珠希は此処ぞとばかりに正樹の唇を貪った。


それを見せつけられた美紀は、恋しい気持ちを封印せざるを得なかったのだ。




 美紀は既に、正樹を愛し初めていたのだった。

たとえ、それがどんなに苦しくても美紀は耐えなくてはならなかったのだった。

子供が産まれ、幾年かが経つ今でも珠希の愛は更に激しさを増していたのだった。


試合を終えた珠希は、グランドに一礼した後真っ先に正樹の元へ向かった。
珠希が愛してやまない正樹の元へ。


そして二人で思い出の品を買った。


それが今目の前にあるチャームだった。



 結局、美紀は正樹のの後ろの席に落ち着いた。


『其処は私の席』
珠希にそう言われたような気がして……

どうしても助手席に乗れなかったのだった。


それは五年前の事故で大破した車に付いていたチャームを、自分の戒めとして正樹が日除けカバーに取り付けていたからだった。


子供達に悲しい思いをさせたくないから……


もう二度と事故を起こしたくないから……

そのために其処に……
何時も珠希が乗っていた助手席の日除けカバーに取り付けたのだった。


正樹はそのチャームが、国民体育祭に出場したおりに珠希と記念として購入した物だと子供達が知らないと思っていたのだった。