ソフトテニスのインターハイ。
所謂高校総体は毎年六月に行われる。

今年は六月九日の九時より第一戦が始まり、翌日に最終日となる予定だった。

それは、その月の終わりに全国大会が行われるからだった。


優勝した組は通称・ハイスクールジャパンカップに出場できるのだ。

そのスポーツの祭典は、ソフトテニスに限らず多種多様で高校で運動部に所属している者の憧れだったのだ。

珠希は此処に出場していた。
それが結局国民体育大会への足掛かりとなったのだった。

だから美紀も一生懸命だったのだ。


みんな全国大会出場をかけていた。
特に三年生はその大会で引退するのだ。
そして全ての部活の権限を後輩に譲る。
そのための花道だったのだ。


美紀もその日に向けて特訓を重ねていたのだった。




 「ママ。今度の試合は私のこれからを左右する大事な一戦になると思うの。だから、ラケットを貸してね」

九日の早朝。
美紀は珠希の遺影に手を合わせていた。


――ガタッ。

何時ものように東側の勝手口を開け、コンクリートの台にあるサンダルに履き替える。


其処から玄関横へと回り、白い花ゾーンから紫陽花を選ぼうと向きあった。


「やはりこの紫陽花にして良かったな」

美紀はそんなことを言いながら、葡萄のように垂れ下がった山紫陽花を一枝切り花瓶に移した。

又勝手口から中へ入った美紀は珠希の遺影の前にそれを飾った。


『ねえパパ。今度のインターハイの応援に来てくれる?』

甘えながら正樹に言った美紀。
正樹には珠希の声に聞こえたかも知れない。
でも、それは美紀の本心だったのだ。




 試合がある朝だから、長尾家は賑やかだ。
実はこれは珠希のやっていた恒例の行事だった。

国体選手の代表を選ぶ県大会の朝などは特に忙しい。
そんな時珠希は家族を巻き込んで手伝わせるのだ。
でも殆ど邪魔になる。
それでも珠希は嬉しかったのだ。
家族と一緒にワイワイ騒ぎながら試合に準備をすることが。


珠希は家族からパワーを貰いたかったのだ。

それは勿論、正樹の愛が一番だった。
だから正樹は出来る限り珠希の応援に馳せ参じたのだった。

でもそれは、試合のない日に限られていた。

だから尚更……
愛する妻に熱いハートをとどけるために、時間を惜しまなかったのだ。