白い花と盛り塩……

鬼門にある玄関の厄除けだった。
それと同時に、珠希への感謝の気持ちの現れだったのだ。


美紀はもう一度合掌をしてから玄関を閉め、勝手口からキッチンに戻った。




 此処は長尾家の三畳ほどの台所。
流しの横のスペースにある調理台には玉子の殻とバックが置いてある。


「みんなー! ご飯が出来たわよー!」

美紀がオムレツをキッチンカウンターに並べながら、兄弟達を呼んでいた。


何時ものような一日が始まろうとしていた。
でもそれは少しだけ早かった。

高校で野球部に所属している兄弟のためだった。

朝練が今日から三十分早く始まるからだった。


『明日から早く起こせよ』
一番上の兄・秀樹(ひでき)に言われた。


『お願いだ美紀。俺達は甲子園出場に賭けているんだから』
二番目の兄・直樹(なおき)に言われた。

兄弟は美樹を入れて三人だった。
でも普通の兄弟ではなかった。
同じ日に産まれた三つ子だったのだ。


でも本当は違っていた。
確かに他の二人は一卵性双生児だった。
でも美紀は、正樹の同級生の子供だったのだ。

美紀はその事実を知っていた。
だから尚更嬉しいのだ。
家族として此処にいられることが……




 父親の正樹はその声につられて、眠たそうに目をこすりながら手すりのある急勾配な階段を降りて行った。


階段の先には鬼門にある玄関。
そのためにシューズボックス上部には何時も白い花と盛り塩が欠かせない。
白い花と塩は浄化のパワーを持つ。
そう信じられていたからだった。


(――美紀……何時もありがとう)
心の中でそっと呟く。

そして合掌して、まず一礼をする。

ここ五年間欠かしたことのない、正樹の朝一の恒例の行動だった。


階段下から入る和室は壁と襖で仕切られていて、その脇の広いリビングダイニングに続いていた。


正樹の亡妻・珠希の希望でリフォームされた対面式キッチン。
その入り口に掛かる、レース調の長のれん越しに美紀が見える。

朝日を浴びながら甲斐甲斐しく家事をこなすそのシルエットに、正樹は思わず息を呑んだ。


(――珠希!?)

ドキッとした。

美紀が急に大人びて見えたからだった。


(――えっー、あー美紀か……。何時の間にそっくりになったのだろう?)

正樹は感慨深げに美紀を見つめた。