正樹は当時、平成の小影虎と言われた人気のプロレスラーだった。

この事故のために引退せざるを得なかったのだ。


でもそれには理由があった。
正樹の肉体は、珠希によって作り上げられたものだったのだ。
それは珠希の自己犠牲もいとわないほどの献身によるものだった。

珠希が傍に寄り添いってくれていたから維持されていたのだ。


小柄な正樹がプロレスラーになる。
それは珠希がいたから成し遂げられた奇跡だったのだ。
そしてそれは二人の愛の軌跡だったのだ。


だから、珠希を失った正樹には、プロレスラーを続ける気力を失ってしまったのだった。

それでも正樹は生きるために復活したのだった。




 それは子供達の、二人の母の存在だった。

死の世界へ向かおうとする正樹を、必死に止めて断念させようとしたのだった。

子供達だけにしたくない母の愛だった。

一緒に逝くことを拒んだ妻・珠希。

此方に来ることをはねのけた智恵。

二人の母と子供達の思いが正樹を蘇らせたのだった。


 でも美紀はそのいきさつを知らない。
余りのショックに倒れてしまったのだった。
意識朦朧とする中で、美紀はある光景を目撃する。
正樹が珠希の後を追っていた。
その時、美紀にはその先に何があるのかが解った。


それは正樹の死を意味していた。


美紀はもがいた。
もがき苦しんだ。
目の前の正樹を救うために必死に呼びかけた。

でもそれは声にはならなかった。


それでも美紀は立ち上がって、正樹の前に立ちふさがった。
美紀はそれが自分だと思っていた。
でも本当は違っていた。


それは、美紀の産みの親である結城智恵だった。

結城智恵が、正樹を救おうとして、美紀の体を借りたのだ。