珠希さんの遺影が飾られる仏間。
襖は全て取り払われていた。
何時もなら、直樹君のお父さんがトレーニングをしているリビングと一体化していた。


――ピンポーン。

さっきアパートの玄関のチャイムが鳴った。

急いでドアを開けたら直樹君が立っていた。


「迎えに来たよ」
直樹君はそれだけ言った。

そしてそのまま此処へ連れて来られたのだ。


何も聞かされていなかった私は、いきなりのことで舞い上がっていた。


(――そうだよね。美紀ちゃんのお祖父さんに謝らなければいけなかったんだ)
そう自分に言い聞かせた。


読経が流れる中に、すすり泣きが聞こえる。
珠希さんの妹の沙耶さんだった。

私はこの沙耶さんには何故か見覚えがあった。




 『あれっ、もしかしたら紫音ちゃん?』

さっき、いきなりそう言われて考え込んだ。


(――あっ、そうだ母と同じ職場だった沙耶おばさんだ)

おばさんと母は保育園時代からの親友だったのだ。

だから私は顔を見知っていたのだった。


(――あ、そう言えば、確か直樹君のお父さんも保育園時代の同級生だと言っていたな)
そんなことボンヤリと考えていた。


昨日は此処へ私も出席するなんて直樹君から聞いてもいなかった。

だから私は余計に緊張していたのだ。


『もしかしたら沙耶おばさんですが?』

私の言葉に沙耶さんは頷いた。


直樹君の家は駅から少し遠い。
なのに私はあの日この前の道を歩いていた。

それが不思議でならない。


だって、引っ越し用のコンテナに乗り込んでいたんだよ。
この家の前で?
それしか考えられないんだよ。


『目が覚めたら大阪だったの。引っ越し業者の人に攻めらて、直樹君のお母様から頼まれたって言い訳したの』

昨日遂に告白した。
私は一世一代の決意だったけど、直樹君はあまり驚かなかった。
それが何なのか、まだ私は知らずにいた。