ベッドから起きると、直樹君はもう居なかった。
窓から下を見ると置き型トスマシンでバッティングの練習をしていた。


私は昨日の蟷螂の卵が気になり外に行った。


ふと思ったんだ。
もし蟻が箱の下に居たら私が此処に移した意味がないと。


結局、私は何が遣りたかったのか?
解らずに、ただ箱を見ていた。


(――家の中で飼えたらいいな)
そんな突拍子もないことが脳裏に浮かぶ。
でも出来ることなどないと思った。




 其処から家の中を見てみた。
リビングは家族の団欒用なのか、ソファーに温もりを感じた。
だからみんなは、その雰囲気を大切にしているのだと思った。
美紀ちゃんのお祖父様が又帰れるように……


「一家団欒か……」
ふと母の面影が脳裏に浮かんだ。
狭いアパートだから感じる母の温もりに触れたい。
でも、直樹君の傍を離れたくなかった。


「お母さん。私どんどん悪い子になっちゃうね」


「へぇー、どんな風に?」
その声に驚いて、振り返ると直樹君が私を見ていた。


「俺から見たら、中村さんは素直で素敵な人だよ」

思いがけない直樹君の言葉に目が点になった。


(――そんな……、私ちっとも素直じゃないよ)

本当は泣きたい。本心で答えたい。
直樹君と一緒に居たいから嘘をつき続けているってことも。




 「あれっ、これ蟷螂の卵?」
ピロティの箱を見て、直樹君が言った。


「そう言えばママも育てていたな」

でも直樹君はそう言った後で顔色を変えた。


明らかに挙動不審。
私が捕まえて来た蟷螂の卵が怖い訳ではないらしい。
でもそれを見てから、態度が変わったのは確かだった。


「蟷螂って益虫なんだってさ。害虫を食べてくれるからね」
それでも、慌ててそう言った。


(――あれっ、私が考えたことと一緒だ。直樹君のお母様とは気が合いそうだな)

私はそれを不思議がることもなく、自然に受け入れていた。


(――きっと直樹君が言ったからね)

そう思うと、少しだけ気が休まった。