「代官山か? 何だか凄いな。私も住んでみたいな」

呑気にそんなことを考えていて思い出した。


私はずっと何かを忘れていたのだ。
それが何なのかを今思い出した。
それはアパートに残してきた母のことだった。


(――ヤバい、確か今日は日曜日……)

私は、慌てて携帯を手にした。


「もしもしお母さん、私紫音」


『あっ、紫音……どうしたの何かあった?』


「はっ?」

母の間の抜けた言葉に一瞬戸惑った。

(――心配してなかったのかい?)

何だい何だいと思いながらも、言い訳を模索していた。


(――知らないうちに大阪にいたなんて、信じてもらえる訳がない)

私は即行動に出たことを後悔していた。


『大阪なんだってね。仕事頑張ってよ』

でも、母は意外な言葉を口にした。


「えっ、誰に聞いたの?」


『確か長尾直樹……君? だったかな。ホラ、元プロレスラーの私の好きな平成の小影虎の息子よ』


「えっ直樹君が……」


『あの子いい子だね。社会人野球に入るための準備をしているなんて言っていたけど、迷惑かけてない?』




 「うん、大丈夫。みんな優しいから」

そう言いながら、思い出す。

母が、直樹君のお父さんの追っかけだったことを。


「お母さん、直樹君っていい人なの。やはりお父さんの影響かな?」


『それは言えてる』
母は笑いながら言った。


『うんきっとそうだね。あ、そうそう。庭師。とか言っていたけど、貴女確かお花屋さんになるって……』


「あっ、そうなの。庭師って言うより花を育てることになったの」
私は母にまで嘘を言っていた。


『頑張ってね。紫音……良かったね。直樹君のこと大好きだったんでしょう?』
母は信じられないことを言った。


「うん。じゃまたね」
素直に出た言葉に驚きながらを電話を切る。

その途端、涙が溢れてきた。
私はみんなが帰って来るまで、泣き続けていた。