大君が軽トラを返しに出発した。
私は家の中で使う物だけ入れようと合鍵を取り出した。


――ガチャ。

その音が嬉しい。
私もこの邸宅の一員になれたような気がしたんだ。

その途端、ルームシェアをするはずだった陽菜ちゃんを思いだした。
私は一人で幸せに浸っている場合ではなかったのだ。


「もしもし……、ごめんね陽菜ちゃん」


「全くもう、貴女って人は……」
携帯から聞こえてきたのは懐かしい菜ちゃんの声だった。


「陽菜ちゃん聞いて、私今初恋の人と同じ部屋に住んでいるの」


「えっ!?」


「同棲じゃなくて、ルームシェアなの。私彼のルームメイトになったの」


「私との約束すっぽかしておいて……」
陽菜ちゃんが呆れていた。


「ごめんなさい陽菜ちゃん。まだどうなるか判らないけど、きっと何時か遊びに行くからね」
私はそう言いながらスイッチを切ろうとした。


「あ、紫音ちゃん待って。此方も報告があるのよ。……ったく、一人勝手にしゃべって切らないで」

陽菜ちゃんが又怒ってる。

当たり前だよね。
ごめんね陽菜ちゃん。




 『今日ね、物件決めて来たよ。場所は代官山で、新築物件だよ。一週間後に引っ越しなんだ。ねぇ、紫音ちゃんどうするの? あのね、十畳の部屋が六コ、二十畳のリビングに六畳のアトリエにパティオの付いた庭よ。まだ余裕あるから早く帰って来てね』

陽菜ちゃんは何だか嬉しそうだった。


「ねえ、陽菜ちゃん。そのパーティーオとかって何?」


『パーティーオじゃなくてパティオよ。何て言ったらいいのかな? そうだ、中庭かな?』


「中庭? あっ、あった。陽菜ちゃん此処にもあったわ」

私は一階のリビングの向こうにある庭を見ていた。


「えっ、オマケにこれはピロティ?」

大きな木で隠れるように木製のブランコがある。


(――美紀ちゃんのお祖父さんってきっと優しい人なんだね?)
私は何も知らずにそう判断していた。


「陽菜ちゃん、引っ越しは日曜日だよね。私行く、お手伝いに行くからね。ごめんなさい、ルームシェアのことはその時考えるね」

私はそう言って電源をオフにした。