鍵のかかっていないコインロッカーを開けてみる。


(――智恵……)
祖父は泣いていた。

その僅かな空間に閉じ込められようとしていた智恵。
もし、まともに鍵を掛けられていたら……


結城智恵も……

長尾美紀も存在して居なかった。


祖父は憎むべき誘拐犯に感謝した。
そして……
あの時代に感謝した。
全て、偶然がもたらしてくれた命だったから。


コインロッカーには、通気口がない。
完全密室だった。
もしまともに締められ鍵を掛けられていたら……

窒息死していたかも知れないのだ。
だから……
祖父はその偶然を感謝したのだった。




 結城智恵の保護された後の、昭和四十八年二月四日。

遂に死体遺棄事件が発生する。

未だに解決をみないこの事件の根本は、利用者を特定出来ないことにあるようだ。


あれから、幾つものコインロッカー事件が発生した。

それらの事件の総称を、コインロッカーベイビーズと呼ぶようになっていった。


元施設長にも会うことが出来た。

コインロッカーベイビーズと言う名称が一人歩き始めた頃……

それを嘆いた元施設長。
だから……
結城智恵は大切にされてきた。
愛されてきた。

遺された数々の品。
その一つ一つに心遣いが見て取れた。


祖父は泣いていた。
悲しくて泣いた訳ではない。
それは嬉し涙だった。
感謝の涙だった。


全てが無償の愛。
正樹と珠希の夫婦が美紀を我が子として育て上げたのも、理屈だけでは語れない。


(――智恵……

――素晴らしい方達と出会えたな。

――私も一度はお前を抱きたかったよ)

祖父は美紀を抱いていた。
智恵の代わりに抱いていた。


(――皮肉だな……

――親子二代で抱いてやれなかったなんて)


祖父の思いを察したのか、美紀は祖父に身を預けていた。


これが愛すると言うことなのだ。
そう思いながら……