「美紀ちょっと、バルコニーで待っててくれないか?」
正樹はやっと決心した。

勇気を振り絞って美紀を誘った時、全身の血が抜けたように感じた。

正樹はは緊張しまくっていたのだ。


美紀は素直に頷いた。


――ガチャ。

躊躇いながら、正樹がルーフバルコニーのドアを開ける。

そこで正樹が見た美紀の後ろ姿は、愛する妻そのものだった。

珠希は又悪戯をした。
美紀の髪を下ろしてさせたのだ。


「珠希………」
美紀に聞こえない位の小さな声。
それでも美紀は振り向いた。


(――又珠希を思い出しちまった。こんなんで良いのだろうか? こんなんで上手くやって行けるのだろうか?)

美紀を見ながら、正樹は沙耶の励ましの言葉を思い出した。


そして、やっと決意する。

美紀を愛しているなら、美紀を愛しているから、美紀の全てを愛したい。
と――。




 「美紀!」

思わず名前を呼んでいた。

その瞬間に珠希の幻影は消えていた。

ストレートヘアーでありながら、正樹は美紀を見つめていたのだった。


(――もしかしたら……元々居なかったのか?

――居て欲しいと思っていただけなのか?

――そうか……
自分が愛しているのは幻ではない。美紀なんだ!

――きっとそうだ……
美紀に辿り着くように珠希が仕掛けた罠なんだ)




 正樹は初めて美紀に珠希を感じた日のことを又思い出していた。


長暖簾越に見た美紀のシルエットを。


(――あの日は、珠希の誕生日だった……

――そうだよな。
やっぱりサプライズ好きな珠希の……)
珠希の幻影が今、美紀に重なる……
その途端に美紀への思いが爆発した。

抑えに抑えてきた激しい恋心が正樹の中で煮えたぎって行く。

それでも正樹は深呼吸をしながら、心を落ち着かせようと思った。


もう恋なんて出来ないと思っていた。
珠希が死んだと聞かされた時、封印したはずだから。
でも再び、愛する喜びに正樹は震えていた。