兄弟の通っている高校は、県内では名が通ったスポーツ校だった。
秀樹と直樹は野球部に所属していた。
美紀はソフトテニス部。
国体選手だった母の珠希に憧れて選んだ道だった。


五年前亡くなった珠希は中学で体育教師をしていた。

プロレスラーの正樹のサポートしながら、ソフトテニスの顧問もこなす。スーパーレディだった。


珠希が実の母でないことは知っていた。
だから時々、自分には才能が無いと落ち込む。


でもそこは、珠希の背中を見て育った美紀。

何事にも負けない根性だけは備わっていた。




 フェンスの向こうに秀樹が見える。


秀樹はグランドでウォーミングアップをしていた。


美紀は何かが気になり、手招きで秀樹を呼んだ。


口元に血のような物が付いていた。

良く見るとそれは、朝食時に掛けた物のようだった。


「何だよー」
不機嫌な秀樹。


「顔洗った?」
美紀は自分の口元へ手を持っていった。


「秀ニイの此処、ケチャップ付いてる」


「えっ!?」

秀樹は慌てて、口元に指を持っていった。

でも指先には何も着いてこなかった。
秀樹はユニフォームのポケットから携帯電話を取り出し、ミラー機能で自分の顔を確認した。


「お前がオムレツなんか作るからだぞ全く」


「自業自得よ! ちゃんと起きてさえいればねー。でも、あれっ確か秀ニイ、携帯持ち込み禁止になったはずじゃなかったっけ」

すかさず言う美紀。


秀樹は慌てて携帯電話をポケットに締まった。

経済的にゆとりの無い長尾家。
兄弟は未だに携帯だったのだ。


「いけないんだ。生徒会長に言い付けちゃうぞ」

美紀は不敵な笑みを浮かべた。


「えっー。直樹に」

秀樹は頭を抱えた。

直樹は生徒会長で、野球部のキャプテンでもあった。




 「あ、そうだ思い出した。あれは、先生方に対するアピール作戦らしいよ」


「アピール?」


「だから本当は携帯は持ち込み禁止じゃなくて、授業中に遣らなきゃいいってことらしい」


「えっ、んな馬鹿な」


「それを今日決めるって言ってた気がする」


「私何も知らなくて……、――って、何で言ってくれなかったの!!」

美紀の剣幕に秀樹はたじたじになって、慌てて其処から逃げ出していた。