「美紀ー。俺だって抱きたいんだよー! でもそれをしたらダメなんだ。もう元に戻れなくなる……」

やっとの思いで声を絞り出した。


激しい恋の炎に身を焦がしながら、興奮した気持ちを収める。

そんなこと出来っこないと解っている。

でも正樹は遣らなければならなかったのだ。


正樹はその後もっと強く美紀を抱き締めた。


余計辛くなることは解っていた。
でもこうするしか手段はなかった。


それだけで……
これだけで……
美紀が諦めてくれたら……

そんな一途な思いを、正樹はその両腕に込めた。

本当はこの身体で……

美紀を感じていたかった。


愛した珠希の香りが鼻をくすぐる。
そのフェロモンに自分を忘れる。

正樹はその度頭を振った。



 それが精一杯なんだと、美紀には解った。

それでも正樹の傍に居たかった。
ママの香りのするあのベッドでパパと一緒に休みたかった。

ママからパパを……
長尾正樹を奪いたかったのだ。


それでも、美紀はやっと冷静になり、部屋を後にした。


「ねぇ、お母さん。そんなにパパのことが好きだったの?」
美紀は自分の心の中に問い掛けた。

美紀は自分自身の起こしたはしたない行為を、産みの母のせいにしようとしていた。

育ての母が愛する旦那を求めている。
そう思い込もうとした。

でも誰よりも自分が一番望んだことだと本当は理解していた。


(――私、本当にパパが好きなんだ……)

美紀は改めて、パパの心の中に入れない虚しさをあじわっていた。




 正樹は悩んでいた。
美紀を愛していることは解っていた。
それは、美紀の中に珠希を感じたことから始まった。

美紀そのものが珠希だ。
そう感じて怖くなった。
美紀を愛しているのか?
それとも珠希なのか?
正樹は解らずに、悶々としていた。


(――なあ珠希。俺はどうしたらいい? どうしたら良かった? 美紀のためにはどうするべきだったのか教えてくれ)