しばらく歩き、そして塩に覆われた白い地面につまずくようにして、七都が唐突に足を止めた。先刻群青が教えてくれた、凛々子の家の前だった。

 誰もいないはずの家の雨戸が外されていた。その中を、少しくたびれた印象の男が、古くまばらになった箒で掃除していた。丁寧に。窓に雨戸をはめるその様は、敬虔にすら見える動作だった。

「……七都?」

 追いついた群青が、立ち止まった七都の、その後ろからそっと声をかけた。

「……ねぇ、なんなの?」

 七都が抑揚のない声でつぶやいた。

「あたしのおかあさんってなんなの? こんなふうに、まるっきり祀られるみたいに。なんなのよ。誰も彼も凛々子、凛々子ってあたしのおかあさんは何? 住んでいた家まで、死んだあとも掃除なんてして。誰かその家を使うの? そのために掃除しているの? ……誰も使わないんでしょ。なんだか教会のマリア様みたい。ばかみたい。あたしのおかあさんは普通のおかあさんだった、何処にでもいるような、ただのこどもを持つ母親よ。……あのひとたちの言ってる英凛々子っていったい何?」

 納得のできない思いで、胸がいっぱいになる。涙が出てきた。けれどどうして涙が出るのか、その理由は、七都自身にもわからない。

「あたしこんなひと知らない! こんなのはあたしのおかあさんじゃない。みんなが言ってるのはみんなの凛々子で。あたしこんなひと見たことない! そしたらあたしたちのおかあさんはどこに何をしに行ってたの!?」

 地団駄を踏む勢いで叫き、泣きはじめた七都を、群青は途方に暮れたような顔で、見つめていた。