「ごく幼い時分から、自分の存在の中心に神を持っていた私でさえ、教えを完全に遵守することはできない。だって私は意志を持つひとつの存在で、神ではないのだもの。私の正義は確かに神の差し示す方向にあるけれど、それでも私のゆく道のすべてが、それと何の苦もなく重なるわけではないの」

「……けれど道に外れた道というものは存在して、この世には罪という言葉が確かにある。ひとひとりに背負いきれないほどの大罪を犯す、そういう愚かな人間も存在する……」

 思わず本心をにじませた聖羅の背に、大シスターがそっと手を添えた。

「だから神は言っているでしょう。ひととは、罪を内包した存在であると。そしてそう生まれついているがゆえに、すべての罪は常に、すべてのものからゆるされているのだと……」

 やわらかな手に触れられ、その暖かさを心地よく感じながら、けれどその温かな手を払いのけたい衝動に襲われる。油断をすれば心に浸みて忍びこむ、そんな優しさがひどく居心地が悪かった。

「あなたがそういうふうに、自分の言葉でものを語るのを、私は殆ど見たことがなかったの。聖羅の声が聞きたかったわ。だからとてもよかったと思っている」

 耐えられず聖羅は、何かをはらい落とすように首を振ると、その場から逃げるように走り去った。

「……聖羅。いつまでも逃げ続けるというのは、とても難しいことよ」

 大シスターが、もう姿の見えない聖羅にむけて、つぶやいた。