「大シスター、魚が届きました」

 先に台所に入っていた大シスターに魚を渡すと、大シスターが言った。

「あら聖羅、なにか楽しいことでもあったの?」

「……いいえ? 特には」

「そう」

 大シスターは手際よく袋から魚を出して、まな板の上に並べる。

「最近聖羅、少し表情が豊かになったみたい。気付いていた?」

「……え?」

 聖羅が驚いて顔を上げた。

「七都が来てからかしら。いつでもまるで仮面をかぶっているかのように微笑んでいるばかりだったのに。最近のあなたは不安そうな顔をしたり、少し苛々したり、今日みたいに楽しそうだったり。いいことね」

「そんなことは」

「ない、というの? ほんとうにそう思うの?」

「……」

「あなたは確かに、とても敬虔なシスターに見えるわ。やさしく、おだやかで、どのようなときも怒らず、他を恨むこともなく、なにものかを奪うこともない。……けれどその言動のすべてが、空虚に見えるの、私には」

 聖羅は、見透かされるようなその視線が居心地悪く感じ、大シスターからわずかに目を逸らした。

「あなたが背負っているものを私は知らない、けれどひとは案外、それほど愚かでも鈍くもないものよ。聖羅が神の教えにしたがい、寸分違えずそれを遵守しようとするのを見て、私は思うことがあるの。もしかしたらあなたは、ただ自分という存在を捨てたいだけなのではないかと。自分の意志、それに類するものすべてを消し去りたいがために、神の意志の下に生きようとしているのではないかと……」

 彼女はたまに、こうしてすべてのことを見透かしたような物言いをする。それはいつでも当を得ていた。かさねた年齢のせいなのか。それともシスターという、特殊な道を選んだ者だからなのか。時折、聖羅は、大シスターがすべてのことを知っているのではないかと思うことがある。そのようなことはありえないのだけれども。