「……けれどもういないじゃない」

 ちいさな声でそう言って、七都がくちびるをかんだ。

「第七都に英凛々子はもういない」

「そうだね、……それでもみんな覚えていて、きっと忘れることはないと思う。第一都に戦いをしかけて、勝てるなんてほんとうは思っていなかった。けれど凛々子は、それが不可能じゃないと信じさせてくれた。諦めなければすべてのことに可能性があるって、凛々子が言ったんだ。それを僕たちは信じた。凛々子は第七都のひとたちをまもるために死んでしまったけれど、それでも多分、今も第一都と戦うことを諦めていない人たちの胸の中にずっといて、僕たちを絶えず勇気づけてくれる。そうして、凛々子はまだ存在してる」

「……でも」

 第七都の街を歩くと、凛々子に似た七都はよく見知らぬひとに声をかけられた。凛々子がいたから今自分はこうしているのだと、そんなことも言われた。時には涙を流すひとさえあった。けれど。

「でもあたしのことは、おかあさんたすけてくれない」

 七都の胸の裡にある凛々子は、料理が上手で掃除の下手な、いいことをすれば褒めてくれて悪いことをすれば叱られる、そんなどこにでもいるような母親だった。いつもあかるく太陽のように笑う、優花と七都、ふたりのためだけの母だった。

 それだけでよかったのに、凛々子は自分と優花をおいて行ってしまった。第七都の人たちのために。赤い翼の魔女の、罠だと知っていて。