耳元で少し高い羽音が聞こえた。蚊だろうか。けれど七都は払いのけることもせず、そのまま物のように転がっていた。
蚊は悪い病気を運んでくるの。そう昔母が言った。病気を運んでこようがなんだろうが、今はもうどうでもよかった。
首筋がかゆくなって、七都はその辺りを掻いた。昔母に、虫に刺されても掻いてはだめだと言われたことを思い出したが、構わずに血が出て痛みを感じるまで虫さされのあとを掻き続けた。
母の言うことを聞かないで怒られた、その記憶が蘇る。
けれど自分を置いて勝手に死んでしまった母に、今の自分を怒る権利があるとはとても思えなかった。
自分だって母に約束してと言ったのに、母はそれを聞いてはくれなかった。だから母の言ったことなんて聞かない。
母のその言葉は、自分を心配してのことだとわかっている。けれどそんなのは自分だって同じだった。母の心配をしたからこそ、行かないでと言ったのに。
剣を持って、玄関を出ようとする母に、戦に行くのなんてやめてよと、自分と優花のそばにいてよと、何度言っただろう。そのたびに母はかなしい顔を見せたけれど、それでも聞いてくれたことなどなかった。
特別にしてもらえなかった。
そう、七都はずっと思っていた。
まったく愛されていなかったとは思わない、けれど他の第七都のひとたちと自分とは、母の中では同じ重さしか持たないのだ、と。
第七都。貧しい街。ひととして扱ってもらえない位の人たちが住む場所。ここに住むのは、罪人だとされた者や、貧しくて税を納められなかった者、何らかの正常な暮らしを営むことができない理由を持った者、そんな人々ばかり。
第七都の地面は白い。かつて外の国との大戦が起きた際に、小さい島なら一撃で沈むほどの爆撃を幾度もうけ、海岸の温度が激しく上昇と下降を繰り返した。その名残で、第七都のうちでも半分ほどの地域の地面は、海水が乾いたことによりできた、真白の塩の層に覆われている。塩の土地には作物どころか、草一本育たない。
蚊は悪い病気を運んでくるの。そう昔母が言った。病気を運んでこようがなんだろうが、今はもうどうでもよかった。
首筋がかゆくなって、七都はその辺りを掻いた。昔母に、虫に刺されても掻いてはだめだと言われたことを思い出したが、構わずに血が出て痛みを感じるまで虫さされのあとを掻き続けた。
母の言うことを聞かないで怒られた、その記憶が蘇る。
けれど自分を置いて勝手に死んでしまった母に、今の自分を怒る権利があるとはとても思えなかった。
自分だって母に約束してと言ったのに、母はそれを聞いてはくれなかった。だから母の言ったことなんて聞かない。
母のその言葉は、自分を心配してのことだとわかっている。けれどそんなのは自分だって同じだった。母の心配をしたからこそ、行かないでと言ったのに。
剣を持って、玄関を出ようとする母に、戦に行くのなんてやめてよと、自分と優花のそばにいてよと、何度言っただろう。そのたびに母はかなしい顔を見せたけれど、それでも聞いてくれたことなどなかった。
特別にしてもらえなかった。
そう、七都はずっと思っていた。
まったく愛されていなかったとは思わない、けれど他の第七都のひとたちと自分とは、母の中では同じ重さしか持たないのだ、と。
第七都。貧しい街。ひととして扱ってもらえない位の人たちが住む場所。ここに住むのは、罪人だとされた者や、貧しくて税を納められなかった者、何らかの正常な暮らしを営むことができない理由を持った者、そんな人々ばかり。
第七都の地面は白い。かつて外の国との大戦が起きた際に、小さい島なら一撃で沈むほどの爆撃を幾度もうけ、海岸の温度が激しく上昇と下降を繰り返した。その名残で、第七都のうちでも半分ほどの地域の地面は、海水が乾いたことによりできた、真白の塩の層に覆われている。塩の土地には作物どころか、草一本育たない。
