「七都は?」

 大シスターが訊ねた。ドアの外からそっと様子を見ていた百合子が、首を振る。

「まだあの調子で……」

「そう……」

 ここに来てから七都は、日がな一日、ぼんやりとしている。時折あくびをしたり、何事か思いだして泣いたりしながら、誰かが話しかけなければひとりでずっと、ぼうと窓の外を眺めている。

 話しかければ答えるし、群青が様子を見に来たときなどは、なにやら会話している声が聞こえることもある。

 けれどそれ以外は相変わらず、外の景色を眺めているばかりだった。

「七都をひとりにさせては可哀想だと思ったから、聖羅と同じ部屋にしてみたのだけれど……」

 今まで聖羅と同室で寝起きしていた百合子が別の部屋に移り、かわりに百合子の使っていた二段ベッドの上段を、七都に与えてみたのだが、聖羅はなぜか落ち着かないふうで、七都に近寄ろうとしない。

「ほんとうに。聖羅が七都の面倒を見てくれるかと思ったけれど。……聖羅はいつも誰にでもやさしいのに、七都にはとてもつめたいんです。どうしてなのかしら」

「そうね。聖羅は誰にでもやさしい、ね……」

 大シスターはため息をついた。

 聖羅のあのやわらかな物腰と、聖母のような完璧な微笑は、彼女がその通りに心美しく穏やかであるからでは決してなく、単にその形骸をかぶっているだけなのだと、大シスターにはわかっていた。

 しかも、それが何らかの邪な目的を持ってそうしているわけではなく、形骸をかぶることによって形骸になりきろうとでもしているかのような、中身のない骨組みだけの存在であるために全力をつぎ込んでいるかのような、そんな印象を受ける。

 やわらかで、やさしげな態度。誰もが口をそろえて言う。聖母のようだ、と。その印象を決して崩さない。それらすべて元から在るものではないのに、聖羅は常人には看破され得ぬほどに、そう在る自分を完璧につくりあげた。それを可能にしたのは強靱な意志の力であるはずだ。なのに、その意志を総動員して、自らを空洞たらしめようとする。その理由までは大シスターにはわからない。