唐突に聖羅が、身を翻して背を向けた。その動作は急ではあったが、それでも足取りはゆるぎなく、身に纏った静謐もそのままだった。

「聖羅?」

 百合子の声が追う。

「ごめんなさい、先に休ませていただきます。夜も遅い所為か、少し疲れました」

 固い声で、背を向けたまま聖羅が言った。普段のやわらかで無機質な口調とは、微妙に違う印象があった。

「ええ、どうぞ。遅くまでありがとう、聖羅」

 ドアを開け、立ち止まりもせずに少し振り返り、大シスターに向けて頭を下げると、聖羅は足早に食堂を出てゆく。

「……どうしたのかしら、聖羅」

 常に何事にも揺るがされぬ静けさで微笑んでいる聖羅の、珍しい不可解な行動に、百合子は当惑したようだった。

「そうね……」

 大シスターも、あのような聖羅の姿を見るのは初めだった。

「けれど聖羅の言うとおり、随分と遅い時間になってしまったわ。ほんとうにもう寝ましょう。明日にも差し支えるわ」

「はい……」

 まだ百合子は聖羅のことが気がかりな様子で、聖羅の出ていった扉を見ていた。

「七都、立てる?」

 七都は鈍い動作で椅子から立ち上がった。大シスターがやさしく、七都の背に手を添えた。

「さあ、行きましょうね」

 風が吹き、灯りがゆれる。うつむいたままの七都の視界の端で、床の影もゆらりとゆれた。