「大シスター」

 聖堂の扉が唐突に開き、この教会のもうひとりのシスター、百合子が足早に入ってきた。

「ごめんなさい、ミサの準備のお邪魔をして。今群青が来ていて」

「群青が?」

 大シスターが百合子に聞き返した、そのときにちょうど、開いたままの扉から群青が入ってきた。

「……こんな時間にすみません、大シスター」

 入ってきた群青のその隣に、ちょうど十五、六歳くらいの少女がいた。雨に濡れた黒髪の先から雫が滴り落ち、泥まみれの長い服の裾から覗く足には、青い輪が填められている。第七都の娘だ。

「どうしたの、群青、その子」

 瞼は赤く腫れていて、随分と長い間泣き続けていたのだろうと推測できた。

「都境の大通で、ひとりで残されて、泣いているところを見つけて」

「それで連れてきてしまったの、この子の家の人が心配しているのではない?」

 そう大シスターが言うと、少女が涙に声を詰まらせながら言う。

「おかあさんももういないのに、優花まで、どこいったのか、わかんなくなっちゃっ……」

 あとは言葉にならなかった。

 また泣きだしてしまった少女の横で群青は膝をつき、ごめんね、と言いながら顔をのぞき込んで頭を撫でた。

「あらあら……」

 大シスターが火の道具を床に置き、聖羅に言った。

「聖羅、ハンカチを持っている?」

「はい」

「この子の顔を拭いてあげて。涙と泥でこんなに汚れてしまって。可哀想に」

「はい」

 聖羅はうなずくと、いつもの微笑を浮かべ、泣かないで、と言いながら群青の腕の中で涙を流す少女の顔をのぞき込んだ。

「……え?」

 その瞬間、ハンカチを持った手が止まった。

 瞼を腫らして泣いているその少女の顔に、既視感にも似た覚えがあった。

 大切そうに胸に抱えた、鞘に入った細身の剣。その柄に巻かれた鮮やかな反布の色にも。

 聖羅の表情から微笑が消えた。

「聖羅?」

 聖羅の様子がおかしいことに、群青が気付いた。

「……なまえは?」

 精一杯平静を保とうと、努めてやさしい声で、聖羅が問う。

「ななと。英、七都」

 少女がちいさな、けれどはっきりした声で、聖羅を見上げ答えた。