「あれ…?お兄ちゃん、どうしてまだ家にいるの?今日始業式じゃなかった?」

俺クラスともなると、たかだか遅刻等というもので慌てふためく事などない。加えて中学校が家から徒歩5分のところにある為、余裕綽々で朝食を貪る妹のそんな言葉さえ、俺は受け止める事が出来る。そして優しく声を掛けるのだ。

「…おはよう、優。そう思ったのなら起こしてくれてもよかったじゃないか。」

トーストを頬張る妹はもごもごと咀嚼を繰り返しながら俺のその言葉に若干非難の声を上げる。今日もお気に入りの何の花かわからない花のついたピンで前髪を止めているその子は、まだ中学に入ったばかりだというのに、もう友達が出来たのだとか。そのパゥワーをお兄ちゃんにも分けてほしい。割りと切実に。俺なんて1週間は誰とも話してないからね。


「もごもご…っ、起こしたよっ、2回も起こしたよっ、お兄ちゃん返事もして起き上がったのに、どーせまた寝たんでしょ?自業自得っ!あ、お母さん、一応お兄ちゃんの分のトーストも焼いてくれたけど…」


「んっ…そっか…」

…まぁ、言葉もない。起こしてもらった記憶もないが。

いかんいかん。
妹が本当に起こしてくれたのかどうか、今はそんなことはどうでもいい、重要なことじゃない。問題なのは、そんな風に実の妹を疑ってしまう、さもしい心理状態にある自分自身なのだ。
リビングから玄関へと続く扉のすぐ傍に乱雑に置かれたサブバックをひょいと肩にかけ、妹のその声に振り返るとトーストを俺に差し出していた。俺はそれを手に取り、ありがとうを告げ、口に食わえ、踵を潰して靴を履き、玄関を飛び出す。

「いってらっしゃ~い、気を付けてね~。」

妹の声を背中に受けつつ、俺は家を飛び出した。


・・・ただ。ただ、少しだけ考えてみてほしい。

ここでトーストを加えて飛び出すのは、常識的に考えて俺ではなく、優であるべきではなかろうか。


結局目覚めてもたいした思考は出来ず、くだらないことを考えながら駅まで歩いた。

気持ち、本当に気持ちだけ、急ぎめに。