ないすとぅみーとぅゆー


二階に行き、自分のクラスへ向かう。
ふと、下手くそな管楽器の音が漏れ聞こえた。音楽の事なんてわからない俺でさえわかるくらいの不可思議な音。

気が付けば、無意識に音の出所を探っていた。




中央階段をあがったところに、空き教室がある(俺がいつも説教を受ける教室である)が、音の出所はどうやらそこだった。俺は、早起きしたせいで若干テンションがおかしかったのか、いつもと違うことが多かったせいなのか、とにかく、なんともなしに教室を覗き見、瞳を丸くし、息をのんだ。








先輩だ。









初め、脳はその存在を認識するのに随分と時間を要した。認識が遅れて迫ってくる感覚。














先輩だ。














徐々に思考が言葉に追い付いていく。















せ、せんぱいだーーーーーーーーっ!!!???













そして、追い抜いた。

















え、え、え、何でおるのん何でおるのん?俺何処の人だよ。
よく見ると、熱心に何か金属のものを口に加え吹いていた。あれは…サクスフォンだろうか。あぁ、俺、生まれ変わるならサックスになりたい。…じゃなくてさっ!!



楽器のことはよくわからないが、先輩は中学からずっと吹奏楽を続けているのだ。その為なのかはわからないが、いっつも綺麗な長い髪を後ろで高くひとつにまとめている。因みに、話したことはない。いつだって遠くから見つめるだけ。階段を昇るとき、校内で吹奏楽部の演奏があるとき、電車のホームで、駅前の商店街で。けれど、決して視線が交錯することはない。同じ街から同じ学校に通っているのだから、話し掛けるチャンスは沢山あったというのに。けんちゃんの言うとおり、俺はヘタレなのだ。
何か変えたくて、でも怖くて。



目の前の扉を開けば、すぐそこにいるのに。
またとない機会じゃないか。

行けよ俺。行け。


体が脳の命令を拒絶する。頭の中ではぐだぐだと思考を続ける。でもだってを通りすぎ、どうせ俺なんてで完結する。今まで散々、会ったらどんな話をしようか考えて、どんなところへ行こうかまで考えて、あげくどんな生活を送ろうかまで考えていたのに。…喉が熱い。体が寒い。ずっと逆立ちしてて、急に元に戻ったときみたいな感覚だ。目を開いているのか閉じているのかわからなくなる。視界がない。先輩の姿も見えない。立っているのか寝ているのかさえもわからないほどにテンパっているようだ。これは、もう病気かもしれない。いや、病気だろう。…そうだ、帰りに病院にでもいこうか。それがいい。ここから最寄りの病院は、ちょっと大きすぎる。きっと何時間も待たされてしまうだろうから、うん、やっぱりいつものおじいちゃん先生がやっている近所の病院へ行こう。昔から通っているがあそこのおじいちゃんは診察後に必ず飴をくれるのだ。リンゴ味が多い気がするが、よく覚えていない。見かけない包装だが、どこで購入しているのか。…えっと、あれ、俺は何をしていたんだったか。そうそう、無駄に早く起きたのだけは覚えてる。二度寝を検討したが寒すぎてそれどころじゃなくなって起きてしまったんだ。んー、今日はけんちゃんとサッカーするんだったか?いやいや、今は高校だ、中学の話はいい。モモテツはいい。なんなら一人で百年やっちゃうれヴぇる。暇なら。次も当然勝利だ。いつまでも互角の勝負だ等とは言わせん。これからはそう!俺時代!!……それはそうと最近の政治には…




暫くして、ぷぃーという音に死ぬ程驚き我に返る。





恐らくずっと鳴り響いていたであろう音さえ聞こえなくなるほどビビっていた。いや、もうなんかよくわかんないこと考えてた。死ぬ前ってこうなのかもしれないな。





そして俺はそっと、自分の教室へ引き返す。
また、機会を失うのだ。
どーせ自分なんかと言う免罪符を片手に。
落ち着け。落ち着け。落ち着け。
違う。違うんだ。俺が言いたいのはこんな言葉じゃなくて!もっとありふれていて!親とか妹とか、親友と話をするみたいな、どうでもいい話がしたいのに!!そばにいたいだけなのに!!今しかないはずだったろう!!このままでいいはず無いだろう!!






どうしても、振り返る事は出来なかった。
時折聞こえるぴぇーっという音に、体をびくつかせる。まるで責められているような錯覚を覚える。…俺は悪くねぇ。…俺は悪くねぇ。







…考えるんだ。
席に着き、上半身を机に突っ伏す。零れたのは盛大な溜め息。
冷静になれ。落ち着け。今日はいつもより早くに学校に来たんだ。一度挫けたところで、やり直しはきく。早起きしたときの利点として何かあったときの対応が出来るというのは大きくあるのかも知れなかった。知ったことか。よく、恋愛について例える人間がいる。やれ戦争だやれハンティングだ。どうして戦ってるんだよ、大きな声で戦争反対って言うくせに、結局欲しいもののために弱肉強食っていうこの世界の根本的な真理に乗っ取ってるじゃないか。もっと慈愛深くなければならないだろ。ある種その境地、その頂を目指す俺には新世界の神になる資格があるのかもしれない。猛爆的なチャイムの音で目を覚ます。…………ん?え、いや、俺、寝てたの?え、こんだけ無意味なこと考えて体勢を立て直そうとしてたのに?うそーん…。




うそだろー…。







あぁ、なにやってんだろう。