そして、携帯が鳴った。
甚三からだった。

「もしもし」
『今、着きました』
「え?!甚三、事故とかは…」
『してませんよ』

笑い混じりに甚三はそう言った。
かなり軽く言っているが、どんなスピードで来たんだろう。やっぱり速度は出るし。

「わかった、今出るね」

あたしは電話を切って、まだうだうだしている司を足蹴にして、家を出る。
司も荷物を持ってゆっくりと追いついてきた。

マンションの近くの駐車場で、黒のベンツは停まっていた。
まだ暗い外でそれを見つけるのはちょっと大変だったけど、見慣れた恐ろしい顔に気付いたら、すぐに分かった。

「おはよう、甚三」
「おはようございます」

ベンツに乗り込む。
ゆるゆると司も乗り込んだ。

「お嬢、何もされませんでしたか?」

まぁ、そう聞かれるのは予想できたけど。
一瞬どきりとした。いや、何もしていないけど。そう言うことが、あんまり身近じゃないから。

「何もされてないって」
「本当ですか」
「本当」

甚三の顔はまじもんだった。さすが本職、問いただす事に慣れている。
父さん、いい部下を持ったね。

「ね?本当でしょー?」

司がふざけたように言うと、甚三は不機嫌そうに無言で車を発進させた。