「おーい、甚三ぁ、司はいたかぁ」

遠くの方で父の間延びした声が聞こえた。
はっとその場におかれていた状況を思い出す。

あたしは急いで畳に置かれたままだったダンベルを仕舞う。

それを見て神谷がくすりと笑った。思い切り睨む。


「辰巳兄貴、神谷はここに」
「おー、おったおった」


藍色の着物を着た父が部屋に入ってくる。
そして、今ある状況に父は首をかしげた。


「おい司、もう弥刀と会ったのか?」
「この通りだよ。ちょっと前に会ったよ。それ以前に同じクラスだしね」
「だからお前ぇは、せっかちだって。家入ったら俺のとこ来いって言っただろ」
「いやいや、場所分かれって方が無理でしょ」

呆れた表情で神谷司は父を見た。
え、父さんも“司”呼ばわりなの?!

本気でこいつは誰なんだ。


「父さん・・・こいつ、誰だよ」

父はあー、とかうーとか奇声を上げている。
視線で催促すると、父は口を開いた。


「京極家の次期当主、神谷司君だ。仲良くしろよ、弥刀」



衝撃が走った。

言葉が出ないとはこの事を言うのか。


あたしはただ口をぱくぱくさせることしかできなかった。


神谷司はでかい手の平を開いて、顔の横でひらひらさせる。気持ち悪いくらい細長い指だ。


「13代目でーす」


甘い笑顔とともに吐き出されたそれは、あたしの脳味噌を溶かすくらいのショックに値する。

そいつの甘い匂いであたしは今にも倒れそうだった。