「行くな」

はぁ、と溜め息をつきながら、司はあたしの前にしゃがみこんだ。

「あのさ、弥刀ちゃん。理由を言ってくれないと困るんだけど。さっきから黙りっぱなしだし」

司はへらりと笑う。
あたしを落ち着かせようとでもしたのだろうか。
あたしを取り乱す原因の1つであるくせに。

怒りがおさえられなかった。

思わず平手を食らわせてしまう。

司が顔をしかめた。

なんだ、この感情。
イライラに似たような、泣きたくなるような悔しい感じ。


「っ、!!!あたしから離れんなよ!!」

司の頭を掴んで、気付いたらそう言っていた。

「…なんで司は、そんな、いきなりさ、」

司は目を見開いて驚いている。
そりゃそうだ。あたしだって、自分でこんなこと言っていることに驚いている。

「そんないきなり、あたしから離れるの」


喉から熱いものが込みあがってきて、あたしはついに泣いてしまった。

嗚咽を我慢して、肩が震える。


「あたしから、離れないでよ…、あんたを守るのは、あたしなの」


口喧嘩に負けたとき、悔しくて泣いた感覚によく似てた。
何度もしゃくりをあげる。

「っ、ん」

急に、司の唇が重なった。
唇の隙間から指が侵入してきて、口を無理矢理こじ開けられる。

「ん、………あ、」

次に侵入してきたのは、舌だった。

驚いて、司を押し退けようとしたけど、彼は動かなかった。

司の舌が、あたしの舌に絡んでくる。
背筋が凍りつくような感触だった。鳥肌が立つ。

痛いくらい顎を掴まれて、顔を逸らせない。

息の仕方が分からない。
かなり苦しいんだけど、あたしは今、息をしているだろうか。それすらも分からない。

「…む、………ぅ、…」

喉からよく分からない声が出てくる。
嗚咽も飲み込まれた勢いだ。


つるりとあたしの口から舌が出て行く。

「あっはははははははは」
「…?!!」

司は、まず笑った。
声を出して、真夜中なのにも関わらず、笑った。

「弥刀ちゃん、キスへた」

かちんときたけど、否定できない。
まず、こんなことをしたことがない。

唇がじんじんとしている。