「…弥刀ちゃん??」

頭上から、甘い声がした。

「大丈夫??」

あたしが蹲っていたからだろうか。司は綺麗な左手を差し出した。
違う、右手が汚れていたんだ。

「つ、かさ、」

左手を掴む。

触れる。つかめる。

「ねぇ弥刀ちゃん、どうしたの…??」

あたしの様子がおかしいことに気付いたのか、司はあたしを起こした。

「…かえろ」
「は??」
「…今日は、帰ろうよ」

後ろから京極のみんなが通り過ぎていく。

あぁ、みんなにも追いつけない。

「でもまだこれから仕事が」

司が俯いているあたしの顔を覗きこんだ。

「…いいよ、帰ろうか。三郎に乗せてもらおう」

司はあたしの腕を引っ張って、どんどん進んでいく。

頭が上手く回らないまま、車に押し込まれた。


「何かあったの??」

司も隣に座る。
車がゆっくりと発進した。

なんていえばいいんだろうか。伝えても、きっと司には伝わらない。

「じゃあ、おいで」
「…は?」

顔を上げると、司が両腕を広げていた。

「…馬鹿じゃないの」

あたしは司の細い胴に抱き付いた。

「素直だね、今日は。絶対何かあったでしょ」

司からは、血の匂いがした。

司の甘い匂いと、鉄のような血の匂い、そして土の匂い。

いい匂いとは言えなかったけど、なぜか心地よかった。





家に帰っても、あたしは我侭を言った。

「え??僕の部屋??」

あたしは司の部屋で寝たいと言った。
代わりに、司があたしの部屋で寝るんだ。

「まぁいいけど、何で??」
「…気分」

襖が開いて、あたしは司の布団の上に座った。

「じゃあ、僕は行くね」
「仕事に行くの??」
「そうだよ」

また、得体の知れない恐怖が大きくなった。

司が離れていく。

「…行くな」
「え??」

部屋を出ようとした司の手を掴む。

いつの間に綺麗にしたのか、右手に血はついていなかった。