「…用がないなら帰ってよ」

あたしは垂れる汗を手の甲で拭った。
両腕を中心に熱がどんどん体中に広がっていくみたいだった。冬なのに、暑い。

「僕は、守りたい、って言った」

ダンベルをしまおうとしたとき、司はあたしにそう言った。
思わず手をひっこめる。
代わりに司が畳の上に寝そべっていたダンベルを持ち上げた。重い、と呟く。

「は?いや、まぁ、確かに言ってたけど…」
「キスしたよね?」

あたしは本能的に司を睨んだ。
忘れかけていたことが、一瞬で色濃く思い出される。
唇を舐めた、舌の感触。

「な、に言ってんだ」

冷静に言おうと思ってたのに、声が裏返ってしまい顔が熱くなる。

きっとあれは、司の気まぐれだったんだ。そうに違いない。あたしはそう信じている。


「ねぇ、赤いよ」
「さわんな!」

司の滑らかな指が、あたしの頬に触れた。
あたしはそれを一瞬で振り払う。

彼は片手にダンベルを吊り下げたまま、あたしを見下ろしている。

口もとは笑っていた。

「…な、なにわらってんだ」

「すきなんだよ」


また、笑った。

あたしは、まるで脳みそが一瞬で病気におかされたみたいに、脊髄が腐ったみたいに、体が動かなくなった。
病原体は、司だ。

「…、は…?」

喉を出たのは、裏返った声だった。


「弥刀ちゃんが好きなんだよ」


あたしが思い出したのは、母さんとの風呂の時間だった。

そうか、やっぱりこういう意味なのか。なんてぼんやり考えたりして。


「は、…??」

あたしの口からはその言葉しか出てこなかった。

完全に、頭の中はフリーズしている。

なんだこれ、どうなってるんだ。


司が、あたしのことを好き?

「一応、守りたいってこう言う意味だったんだけど」

司は苦笑する。
そんな言葉さえ頭に入ってこない。

「返事はまた今度でいいよ。それだけ。じゃあね」

司は持っていたダンベルを、ぽんとあたしに手渡した。

さっきまで軽々と持ち上げていたはずなのに、急に重く感じてふらついた。

あたしは頭を落ち着かせながら、押し入れの奥深くにダンベルをしまう。


司が、あたしを好き??


最早顔が赤くなるとか、そう言ったレベルじゃなかった。
何が起こったか分からない。理解できないレベルだ。