「し、しらなかったよ」
「あんなに分かりやすかったのに?」
「あたしは分からなかった!」
「部員みんな気付いてたよ」
「え…」
「鈍感だね」
司はまた笑った。
「人の気持ちなんて、言ってくれないと分かるわけないじゃん!!」
「…え?」
司は一瞬目を見開く。
そして司の方向から黒のベンツはやってきた。
「あ、甚三」
「お疲れ様です、お嬢」
「ちょっと、学校の近くじゃやめてって言ったでしょ」
司がドアを開け、あたしを誘導する。
それに甘えて、あたしは車に乗り込んだ。
司も乗り込むと、黒ベンツは音もなく発進する。
暖かい車内は外の温度と違いすぎて、眠気を誘った。
「おい司、朝よりも怪我増えてねぇか」
甚三の野太い声が車内に響き、あたしははっと目が覚めた。
「あぁこれね、男の勲章ってやつ」
隣にいる司はあたしの顔を見て笑った。
「なんだそりゃ」
「男には闘わないといけない時があるでしょ」
司は馴れ馴れしくあたしの髪を手に取る。
「ね??弥刀ちゃん」
「…子供かって」
あたしは思ったことを正直に言った。
それのどこが面白いのか司は大笑いし始める。
こいつのせいで今日は散々な目に遭った。
司が無駄に突っ掛かって来なかったら、あたしもあんな逃げるみたいなこと、しなかったと思うのに。多分。
あたしが司を睨むと、そいつは笑ってはぐらかした。
家について、あたしはまず筋トレをした。
制服のままで、押し入れに隠しておいたダンベルを持ち上げる。
最近鈍っていた筋肉が、みしりと悦んでいるような気がした。
筋肉が重くなるような、密度が小さくなるような、あの感じが好きだ。
そうだ、あたしは自分でも分かってる。筋肉馬鹿だ。
剣道部の田中と喋ったが、「こんなに筋肉隠してる女なんて嫌だ」と言われたことがある。
確かに自分が男でも、あたしみたいな女とは付き合いたくはない。
中学で周りの奴らが付き合い始めて、恋愛というものを考えていないわけではなかった。
自分から恋愛をしようとは思わなかったけど、自分が京極の当主を目指していなかったら、こんな筋肉馬鹿じゃなかったら、と考えたことはあった。
だけどあたしは恋愛より、あたしが本気で愛しているこの京極を守る方が、ずっとあたしらしくいられると思う。
そう考えて、なるべく恋愛とは遠い位置にいようとしていた。つもりだった。

