一瞬脳みそがフリーズしたのが分かる。
右耳から左耳に抜けてしまった。

「…ん??」
「弥刀ちゃんを守りたいんだ」

あたしの頬に手を置いたまま、もう1度司はそう言った。

「…どう言う意味?」
「そのままだけど」

あたしは更に訳が分からなくなった。

「なんでそんな急にまた…」
「今日思ったんだ。弥刀ちゃんは1人じゃ危ないって」

司は爽やかに笑った。

「え?」
「だってそうでしょ、車の上に乗り出すし、大人しくしてればいいものの男4人相手に立ち向かおうとするし、なんの計画もないくせに銃から僕を庇おうとするし」

グサグサと正論が体に突き刺さる。

「…間違ってないけど!!あたしが車に着いてかないと、甚三もあんたも場所だって分からなかったじゃん」
「確かに弥刀ちゃんのGPSが1番手っ取り早い手段だけど、場所を突き止める方法はたくさんあるよ」
「…4人は倒せたからいいじゃん」
「でも更に人がくるなんて思ってなかったんだね」
「…」
「でも、僕を守ってくれるのはかっこよかったよ、ありがとう」
「?!」
「そんなに役に立たなかったけど」
「…」

頬を撫でられる。それが心地よくて、何とも言えない。

「未遂でよかったよ」
「え?」
「犯されなくて良かったね、って言ってるの」

司は笑ったけど、安心できるような笑顔じゃなかった。

「あ、あぁ、よかった!」

その温い手を掴んで、あたしは睨みながらそう言ってやった。

「そう言うところが危ないって言ってるんだよ。分かってるの?いままで何回誘拐されたか知らないけど、未遂なのは奇跡だと思ったら?」

その冷たい言葉にかちんと来た。
知ってるような口ぶりしやがって。

「なんで司にそんなこと言われないといけないんだよ!!!昨日まで、あたしだけか京極のこと見えてないってか見てない素振りだったのに、いきなり家来てさぁ」

司は表情を変えない。
あたしの渾身の一撃である嫌味を、こうも簡単にかわされるとは。
大人に我侭をこねる子供の気分だ。司相手に。

「っ、い」

いきなり手が伸びてきて、顎をつかまれた。顔の肉に指がめり込む。
変な角度で首がごきりと鳴った。

「なにす、ん」

睨みつけようとしたら、目の前には司の伏せた睫毛が見えた。
長くて、細い睫毛。女のあたしより長いんじゃないかって。

重なったのは、温い唇だった。


何がなんだか分からないまま、とりあえず体が動かなくなった。まさにフリーズ。思考停止。

じょじょに状況が理解できたのか、心臓がどくどくと煩い音を立て始める。
だけどあたしの脳はまだぼんやりしていた。やっぱり何が起こっているのかわからない。

キス。


ぺろりと、唇の表面を熱い舌が撫でたのが分かった。

ゆっくりと唇が離れる。
あたしは声を出せないままだった。表情筋も固まっているのか、睨むことすらできない。
放心状態。

「ふっ、なにその顔」

司は何も気にしてない様子で、笑った。

「じゃあまた明日、おやすみ」

あたしの頭をくしゃりと撫でて、そのまま部屋から出て行ってしまう。

1人部屋に取り残されたあたしはようやく、声を出せた。

「え、は…?」

舐められた唇はまだ湿っていた。