居間のようなその部屋には、男が2人倒れていた。
きっと、甚三がやったのだろう。見た目の割りに、繊細な戦い方をする。

無言でただ突っ立っていると、弥刀ちゃんが思い出したかのように後ろを振り返る。

自分の格好に気付いたのか、頬が赤くなってくる。

「今更なんで赤くなってるの」

僕は思わず笑った。
そして、そのまま弥刀ちゃんにスカートをリボンを返す。

「お、おまっ…芽瑠もいるんだぞ!!」
「芽瑠は別にいいよー??ねー」
「ねー」
「“ねー”じゃねぇよ!!いつの間にそんな仲良くなってんだよ!!第一、何で司がいるんだ?!」
「甚三に乗せてもらったんだよ」

本当、全部今更だ。

甚三を見やると、彼は倒れている男の1人を引き摺って、外に出るように僕に指示した。

そのまま甚三についていって、外に出る。車が止めてある正面とは真逆のところだ。

「死んでない?」
「死んでねぇよ。てめぇと一緒にすんな。おら起きろ」

甚三は連れてきたそいつを軽く揺する。
浅い眠りだったのか、男はすぐに目を開けた。そして、僕ら2人を見るなり、情けなく悲鳴をあげた。

「てめぇ松島のもんか? 時間がねぇんだ、とっとと言え」

見た目は若いように見える。
眉を寄せて、口をつぐんだ。

「僕がやる??」
「いや、いい。終わらせる」

甚三はもう1度その男と向き合った。

「おい、よく聞け。あと1回だけチャンスをやる。てめぇは松島のもんか、そうじゃないか」

甚三は胸倉を掴んだ。
男は悲鳴をあげながらも、喋ろうとはしなかった。

それを察すると、甚三は容赦なく、まっすぐに拳を入れた。

鼻が曲がったまま直らない。

「…次はそこの骨折るぞ、早く言え」

甚三は馬鹿でかい手で、男の首を掴んだ。

男は鼻を触りながら奇妙な声をあげ、すぐに口を割った。

「松島さんです!!松島さんに雇われてるんです!!」
「何をしてる?」
「薬です!!!」
「そうか、…じゃあ、なんでうちのもんに手ぇ出した」
「今回はそちらのお嬢さんとは知らなくて…シンヤさんが下っ端に女拉致って来るように言い付けたんですよ、俺は何も…」

今度は頬のあたりを殴る甚三。

「…松島はどこだ」
「○○の工業用倉庫です!!」

それだけ聞くと、甚三は胸倉から手を離した。
無言で立ち上がり、男の顔側面を蹴る。
気持ちよく真横にぶっ飛び、そいつは動かなくなった。

甚三は僕の横をすり抜けて、黒ベンツに乗り込んだ。

「ねぇ、甚三」
「あ?」

甚三は窓を開けた。

「当主になる」

つるりと何の障害もなく、自分でも驚くぐらいスムーズにその言葉は出てきた。
甚三は細い目を見開いている。

「は、てめぇ何言って…、」

「当主になったら、弥刀ちゃんは僕のってことでしょ?」


どうしても、笑みが零れてしまう。

「司、お嬢に惚れたのか」

甚三は僕の馬鹿正直な答えを茶化したりしなかった。
僕を真剣な眼差しで見てくる。

「…馬鹿にしない??」
「しねぇよ、早く言え」

後ろで2人の声がした。それをぼんやり聞きながら、僕ははっきり言った。

「…守りたいって思えたんだ」


自分でも歯が浮くような台詞だ、と思った。
甚三も口元に笑みを浮かべた。

「ふん、なるほどな。まぁ、その話はまた後だ」

甚三にくしゃりと髪を掴まれた。
子供扱いされたみたいで、面白くはなかったけど許す。