もう1度引き金を引かれる前に、白スーツの胸倉を掴んだ。
間髪入れずにそいつを殴る。
肉付きの良い頬が僕の拳を吸収するみたいに、めり込んだ。
たらりとそいつの鼻から血が流れてくる。
銃を撃ってくる様子はない。
僕は何も考えてなかった。
ただ、この熊を殴って殴って殴って、一瞬黙ってくれればそれでいい。
ただ、それだけ。
だけど、機嫌はよくない。それは自分で分かる。
「おいクソガキぃ!!てめーの分際でシンヤさんが殴れると思ってんじゃねぇよ!!」
さっきまでだらりとしていた茶髪がいきなり起き上がる。
隙を見て、力が抜けている白スーツの銃を奪い取った。
「お前は俺で充分だっての」
肩を強く掴まれる。
僕は左足をそいつの鳩尾に入れた。
ごきっと軽い音がしたのを一瞬感じる。振動が伝わってきた。
細身で軽いやつの相手をするのは得意だ。もともと僕は骨太じゃないし、苦手なのはこういう熊みたいな、大柄な奴の相手だ。体格差のハンデは大きい。
ひ、と弥刀ちゃんの高い声が漏れる。
茶髪がおかしな呼吸をしながら、その場にへたり込んだのを尻目に、すぐに僕は白スーツのほうを見やる。
「お、おい!てめぇ、堅気じゃねぇのか?!」
白スーツは鼻を押さえていた。口元から流れた血が、そのスーツを汚す。
きっと彼の鼻は曲がっている。その顔で涙目が恐ろしいほど似合わない。
力なくその場にへたり込む。
みっともなく、腕で頭をかばっている。
僕も同じようにしゃがみ込んで、そいつと目を合わせた。
数秒見つめあうと、どんどんそいつの眉は寄っていく。
僕とやりあう気はもう無い、とでも言いたげだった。
僕はそいつの坊主頭を両手で掴んで、自分の方に引き寄せる。
すぐに、真後ろの壁に打ち付けた。
ごん、と鈍い音がする。
男の低いうめき声が聞こえた。何か喋っている。
男を見ると、握りこぶしを作っていた。僕にぶつけるつもりだろうか。
もう1度壁に強く打ち付けると、もっと激しい音がして、壁に穴が開いた。
そこの空洞に、だらりと首を預ける男。
どうやら、気絶したらしい。
持ち上げていた拳がだらりと畳に伸びる。
一瞬、僕はぼうっとしていた。今まで昂っていた闘争心が嘘みたいに消えて、満足とも言えないような気持ち。
気持ち悪い呼吸音がする。
あぁ、そういえば、まだ居た。
僕は後ろを振り返った。
さっきも見た、黒い銃口。
「司!!!」
そして、弥刀ちゃんの後ろ姿。
制服が乱れていることも気にしないで、まっすぐと両手を広げている。
電気が走ったみたいな衝撃が、僕の全身を駆け巡る。
一瞬で、違う世界に引き戻されたみたいな。

