スーツの言葉を、司はまるで聞いていないようだった。

同じようにしゃがみ込んで、男と目を合わせる。
司は、男の頭を両手で掴んだ。そして、一気に後ろの方向へぶつける。
ごつん、と鈍い音がした。
男の低い声で、「待ってくれ」が聞こえた。最初に聞いたときより、随分と弱弱しい。
そんな言葉も聞かないで、司はもう1度頭を掴み、それを思い切り壁に打ち付けた。

「うわっ」

鈍い音がしたと思ったら、脆いつくりの壁は男の頭を中心に、丸い穴が開いた。
ポロポロと壁が崩れる。

見てられなかった。
血だらけの大きな手のひらと、所どころそれが染み付いた畳。茶髪の気持ち悪い呼吸音。
自分でやったやつも居るけど倒れている人が多すぎて、あまりにも現実味がなかった。

下のほうで視線を泳がせていたら、動くものを見つけた。

腹を蹴られたはずの茶髪は、手に銃を持っていた。
一瞬で、それは司に向けられているものだと悟る。

「司!!!」

あたしは考えるより早く、司の前で両手を広げていた。
自然と固く目を瞑っていた。

「ちょっと、弥刀ちゃん!!」

司の手が、物凄い力であたしの手を引っ張った。

引かれるほうに、倒れこむ。

その瞬間に、銃声はした。


一瞬で静かになって、キーン、と耳鳴りがする。

一緒に倒れ込んだ司が立ち上がって、茶髪の銃を蹴り上げた。
畳の上を滑り込んだ銃をあたしが拾う。

いつもは何の気なしに見ていた銃が、たった今命を簡単に奪おうとしていた事実に震えた。

「弥刀ちゃん?」

司の声に、はっとした。

違う、終わった気で居たらダメだ。

「芽瑠!!!!!」
「…え?」

そのままの格好で、あたしは四畳半を飛び出した。