そして数十分して、ガラの悪い男が部屋に飛び込んできた。
よかった、ちゃんと靴は脱いでいる。
あまりにも勢いがよかったものだから、土足でそのまま入ってきたのかと思ってしまった。

「弥刀嬢は?!」
「ベッドで寝てるよ。相当疲れているみたい」
「司!!」

ぎろりとナイフのような目が僕に向けられた瞬間、思わず溜め息をついてしまった。

「だからさぁ、僕は何もしてないって。直接的には。話せば長くなる。とりあえず、今は病院でしょ?」
「弥刀嬢はそんなに重症なのか…?!」
「この間のわき腹が、悪化しているみたい」

甚三はベッドがある部屋に飛び込んだ。
こんな顔面凶器のいい年したおっさんが、1人の女の子に対して過保護すぎるのではないか。
甚三に娘ができたら大変だろうなぁ、と僕は思う。

「おい、司。運べ」
「えぇ~?やだよ、弥刀ちゃん痛がるし」
「だからだろう!俺は嫌われ役は御免だ」
「あんたが言うなよ」

暗がりでもはっきり分かる、眉を寄せた甚三の顔。

「寝てるなら今が好機だろ。起こさないようにしろ」
「甚三、無理言わないでよ。ここに連れてくるのだってうるさかったんだから」
「ごちゃごちゃ抜かすな!」

仕方なく、僕は寝ている弥刀ちゃんの体を起こした。
起きないように、ね。難しいこと言うなぁ。

「大丈夫だ、基本お嬢は自分の意思がない限り起きない」
「そうなの?」
「俺が起こしても全く起きない。早起きだから起こす必要もないがな」

ずしりと彼女の重みが腕にかかる。
確かに、持ち上げても瞼は開かない。
そうか、爆睡型なのか。

「車は外に出してある」
「了解」

部屋を出て、甚三は弥刀ちゃんの靴を持つ。
僕は自分の靴を履いて、外に出た。

上着を部屋に忘れたから、外の気温が身に凍みる。

甚三が言ったとおり、マンションのすぐ近くに車は停めてあった。

「保険証は」
「んなもん後からでいいだろ」
「さすが」

僕は後部座席に弥刀ちゃんを抱いたまま座った。

「ちょっと、怪我人居るんだから安全運転してよね」
「うるせぇ、小僧」

甚三はしかめ面のまま、アクセルを踏んだ。