「弥刀ちゃん、こっち向いて」
「いい、自分でやる」
「甘えておきなよ」
「…」

何を緊張しているのか、弥刀ちゃんはこっちを向かない。
僕、そんなに怖い顔をした覚えはないのに。
試しに笑ってみると、素直に弥刀ちゃんは前を向いた。え、なにそれ怖かったってこと?僕は笑顔のつもりだったのに。

消毒液を染み込ませた脱脂綿で、弥刀ちゃんの切れた口元を触る。

「いった!!」
「仕方ないでしょ」
「いや、痛いって!いだだだだ」

あまりに痛がるから、わざとぐい、と傷口を抉った。
案の定、弥刀ちゃんはどこにそんな力があるのか、大げさに顔をそらした。

「おまえ、わざと痛くしてるだろ!!」
「してないよ、人聞き悪いなぁ。ほら、前向いてよ」
「いででで首折れる!!」

弥刀ちゃんの顔を掴むようにして、前を向かせた。
あまり綺麗な形の傷じゃないから、無駄に痛いのも分かる。

全ての傷口を消毒し終えて、僕は脱脂綿をごみ箱に捨てる。

絆創膏をはがして、切れてしまった弥刀ちゃんの口元に貼っていく。
喋りづらいと文句をたれる弥刀ちゃんを無視して、大きな痣に湿布を貼り付けた。

「つめたぁ?!」

弥刀ちゃんが飛び跳ねる。

「いきなり貼らないでよ!心臓に悪い!」
「ごめんごめん」

絆創膏と湿布に覆われている弥刀ちゃんはいかにも“怪我人顔”だ。いや、実際そうなんだけど。

傷の手当ても終わって、救急箱を仕舞いに行った。
本当、最近めっきりこういった類にはお世話になっていないからなぁ。
それもこれも、良い事っちゃあ良い事なんだけど。どうにか寂しいというか。

棚に救急箱を仕舞いこんだときの事だった。

がしゃん、と金属音のような、何かが落ちたような音がした。かなりの大きさ。

音のする方向は、弥刀ちゃんの居るリビングからだった。

「弥刀ちゃん?!」

すぐに駆けつけてみると、ソファの真下、机の直ぐ横で弥刀ちゃんが倒れていた。
倒れていたというよりは、うずくまっていたというほうがあっているかもしれない。

「どうしたの?」
「…、力が入らなくて」

力が入らない?
確かに、まだ弥刀ちゃんは体を起こそうとしない。いや、できないんだ。

僕は弥刀ちゃんの背中に手を置いて、起こそうとした。

「、いいいいい痛い痛い!!さわんないで!」

弥刀ちゃんが柄にも無く悲鳴をあげる。随分痛いようだ。

「正直に言ってよ。どこが痛いの?」

そう強く言うと、弥刀ちゃんは一瞬視線を泳がせた。
と言うことは、今の今までずっと強がっていたということか。大した根性だ。