「…ねぇ、弥刀ちゃん」
僕はゆっくり顔をあげた。
「辰巳さんは、ぜんぶを知ってて僕を選んだんだよ」
ぴくりと、弥刀ちゃんの方眉が上がった。
「学校なんてろくに行ったことないし、僕の仲間はあいつらだけだよ。弥刀ちゃんの知らない事、全部遣り尽くした。それを、辰巳さんは知ってて僕を当主に選んだんだ」
どんどんと眉間に皺が寄っていく。
かなり不機嫌な顔だ。
「…なんで」
「なんで?それは僕も聞きたいくらい。なんでだろうね。僕が当主になっても、末路は見えてるのにね」
僕は、思ったことを言ったまでだ。
僕にそんな大きな一族をまとめる力があるとは、到底思えない。
それでも辰巳さんはしつこく僕を誘ってくる。
弥刀ちゃんが僕の横をすり抜けて、階段を物凄い勢いで駆け下りる。
僕はその後を着いていった。
弥刀ちゃんはマンションのエントランスを出て、道路に立ち止まっていた。
「ねえ、弥刀ちゃん」
何か言いたそうな顔がこちらを向く。
よっぽど情熱的なのか、馬鹿なのか、この子は面白い。
「どうやって帰るか分かるの?」
「あ」
今の今まで普通に帰ろうとしてたけど、手ぶらで、しかもその顔で、どうやって帰ろうとしているのだろうか。
弥刀ちゃんもそのことに気付いたみたいだ。
「…仕方ないだろ、どうやって来たのかも知らないし」
「どうやって来たの?」
「…だから。気付いたらあそこに居たんだよ」
それはそれは。随分手荒に連れてこられたもんなんだなぁ。
僕は歩き出した。素直に弥刀ちゃんは着いてくる。
嫌々そうだけど、ちゃんと状況は理解しているみたいだった。
その後も無視はされなかったし、弥刀ちゃんはどうしても人を傷つけるのができないみたい。
嫌いな奴にも優しくノート貸しちゃうタイプ。

