弥刀ちゃんが僕に向き合う。
不満そうな顔を、僕に向けた。

「…あたしは、絶対認めない」
「なにを?」
「あんたが京極にふさわしいわけ、ぐ、」

僕ははっとする。
勢いで、弥刀ちゃんの口を塞いでしまった。

忘れていた。
僕はみんなに、京極家うんぬんの話をしていない。
いや、するつもりもない。
ここで弥刀ちゃんにカミングアウトされても大変だ。

「おい、司。てめぇそのアマとなんの関係があんだよ」

レイジの低い声が唸る。
何と無く、それが僕の気に障った。
人はどうしても、地位が高くなると性格が悪くなるみたいだ。それは、いつの間にかそうなっていた僕も同じ。

「ねぇ、レイジ。ルールを忘れた気?干渉するなって言ってるんだよ」

一瞬で辺りが静かになった。
さっきまで静かだったけど、今度は誰も息をしていないような静けさだ。

いつの間にか、僕はこんな存在になってしまったんだ。

干渉しない、のルールを作ったのは僕だ。
あとは、全部知らない。
とにかく、居場所が良くなるルールはこれしかないと思うんだ。
そいつの本性さえ知らなければ、そいつのことを恐れる理由も無い。だから僕は干渉したくないし、されたくない。

僕は弥刀ちゃんの口を押さえたまま、立ち上がった。

「はな、せ」

手を叩かれる。
不満そうな顔が僕を見上げていた。

いつもの“弥刀ちゃん”で、安心した。

僕は部屋の外に弥刀ちゃんを誘導する。
暴れずに僕を待っていたら、無傷で帰って来れたのに。つくづく馬鹿な子。

外に出て、部屋の扉を閉めた。

外の空気は乾燥していて、それでいて冷たい。
だけど火照った体には丁度良かった。


「僕が来てよかったでしょ?“報復”させられないですんだし」

わざと、君の心を抉るような言葉を吐いてみた。

「…っこの!!!」

案の定、弥刀ちゃんは僕に殴りかかってくる。
何も考えず、僕を殴ったみたいだ。

殴られたところが熱を帯びてくる。
女の子とは思えないような、力強い拳。ましてや弱った女の子。
どこに力があったんだろうか、と聞きたくなってくる。

「…京極を何だと思ってんだよ!!」

あぁ、そうか。

ぼろぼろの弥刀ちゃんを動かしている“力”は、自分を支えてくれる京極の名前だ。
それだけ弥刀ちゃんにとって、京極の名前は大切なんだ。

「あんたが当主なんか、あたしは絶対許さない」

泣きそうな顔で、僕にそう吐き捨てる。