無言のエレベーター内を過ごして、すぐに司の部屋の前に着いた。

「いや、何でこうなる。あたしは家に帰りたいんだけど」
「家じゃん」
「ここはお前のな」
「あのさぁ、ここから弥刀ちゃんの家ってそんなに近くないの。分かる?歩き続けれるわけないじゃん」
「あ、おい」

扉が開けられた矢先、部屋に突っ込まれる。
甘い匂いが鼻を擽った。

「せめてその顔、どうにかしないといけないでしょ」
「…醜いものみたいに言うけどな、これお前のお仲間さんにやられたんだけど」
「だから責任とってるじゃん」

靴を脱いでさっさと部屋に上がってしまう司。

「なにしてるの。はやく入ったら??」

自然と眉が寄ってしまった。
あたしを不機嫌にさせておいて、なおあたしをいらつかせる能力がすごい。さすが司くんだ。

半ばやけくそにスニーカーを脱ぎ捨てて、音を立てながら部屋に入っていった。

「そこ座ってて」

居間に入ると、上着を脱いでいる司に指され、ソファに座り込んだ。
座るときに熱く痛んだ右わき腹に思わず顔を顰めてしまった。

引ったくりを捕まえた時を見られていたのなら、看板で殴られたことを知っていたんだろう。
だからって集中攻撃するなんてまさに鬼畜。

「はい」

司から水で濡らされたタオルを受け取った。
素直に受け取って、固まった血を拭い取る。
所々熱を持っているようで、冷たいタオルの温度差にびっくりした。
唇が切れまくっている。あぁ、女子力が…。

「司、水ちょうだい」
「なにするの?」
「いや、飲みたいだけ」

そう言うと、司は無言で台所に向かう。

何回来ても、この家はシンプルイズザベストな感じだ。
家具もなにもかも必要最低限。
だけど生活感がないかと言われれば、生活感はあるんだ。
物が少ないというか、殺風景と言うか。

司が無言でコップに入った水を渡してくれたので、それを受け取った。

口に含むと、口内がびりりと痛む。

「…」
「どうしたの」

その言葉を無視して、コップ全部を飲み干した。
ただ喉が渇いていただけだったけど、切れた口内を濯いだ気分になった。

「…お前の家の水、血が入ってるんじゃないか」
「そんなわけ無いでしょ。口切ったの?」
「そうみたい」

空になったコップを司が受け取って、流し台に置く。
すると司は、何かを用意するように、隣の部屋に消えてしまった。

鏡が見たいなぁ。今、どんな顔してんだろうか。傷の度合いが分からない。
ただ、顔の骨すらも痛いくらい炎症しているのは分かる。
ぼうっとしながら、自分の頬を撫でてみた。

「なにそれ」

あたしの正面に、司がしゃがみこむ。
手に持っていたのは救急箱のようだった。

「絆創膏とか、消毒液とか」
「そんなの持ってるんだ、意外」
「僕もたまに怪我するから」

机の上にそれを置いて、脱脂綿に消毒液を含ませる。

「弥刀ちゃん、こっち向いて」
「いい、自分でやる」
「甘えておきなよ」
「…」

司が笑ったので、素直に手当てをしてもらうことにした。