先日も殴り合いをしたけど、今回は状況が違う。
「…京極を何だと思ってんだよ!!」
どうせ、ここのマンションの金だって、きっと自分達で働いて出した金じゃない。
ひったくりもする奴らなら、もっと上を知ってるはずだ。
薄っぺらい、犯罪ばっか繰り返してる子供だ。
「あんたが当主なんか、あたしは絶対許さない」
京極の歴史と秩序を、土足で踏みまわるようなもんだ。
「…ねぇ、弥刀ちゃん」
司はゆっくり顔を上げた。
その顔に笑顔はなかった。
「辰巳さんは、ぜんぶを知ってて僕を選んだんだよ」
マンションの屋根が太陽の光を邪魔する。
冬の気温は日光なしでは辛い。
だけどあたしの体温は上がるばかりだった。
「学校なんてろくに行ったことないし、僕の仲間はあいつらだけだよ。弥刀ちゃんの知らない事、全部遣り尽くした。それを、辰巳さんは知ってて僕を当主に選んだんだ」
怒りで体が震える。
あたしは、こんな奴に負けるんだ。
「…なんで」
「なんで?それは僕も聞きたいくらい。なんでだろうね。僕が当主になっても、末路は見えてるのにね」
今の気持ちを、怒りを、言葉に表せなかった。
言葉という道具じゃ今の気持ちを伝えられない。
もどかしくなって、何がしたいのか分からなくなった。
司の横を通り抜けて、階段を駆け下りる。
予想した通り、4階分下りたところでエントランスに着いた。
扉を開けて、飛び出るように外に出る。
「…くそ、くそっ!!!」
まるで、あたしが子供みたいな言い方しやがって。
家に帰って、すぐに父さんに聞かないと。
全てを、聞かないと。
「ねえ、弥刀ちゃん」
振り返ったら、司が立っていた。
姿を見るだけでも、なんとも言えない苛立ちが湧いてくる。
「どうやって帰るか分かるの?」
「あ」
その一言であたしの現実感は一気に戻ってきた。
そういえばここ、どこなんだろうか。
「はぁ…。弥刀ちゃん、情熱的なのはいいけど冷静さに欠けるよね」
苦笑しながら司はそう言った。
司に「欠けてるね」とか言われるなんて、人生終わった。こんなだらだらしてる奴に。
「…仕方ないだろ、どうやって来たのかも知らないし」
「どうやって来たの?」
「…だから。気付いたらあそこに居たんだよ」
へぇ、と司は興味なさそうに答えた。
こっちだよ、とあたしが向いていた反対方向の道を指して、歩き出す。
あたしはその後ろに無言で着いて行った。

