いや、待て。
凶器顔で、いくらあたしの口を塞いでいるからって、やくざの人間だとは限らない。
これが一般市民の方だとしたら、あたしはここでこの人を殴ってはいけない。

とりあえず、手を離してもらいたい。
その人の腕を掴んだ。
あれ、こいつ全然離れないな。
ちょっと待って、あたしがぶつかりそうになったことに相当怒ってるのかもしれない。

声を出そうにも、言葉が繋げない。

そいつはポケットから携帯を取り出した。なにやら電話をかけているようだ。

「おい」

そいつの声はばっちり同業者。いやまて、まだ堅気である可能性もなくはない。
顎あたりを強く掴まれすぎて、痛い。
せめて離してくれないだろうか。全力で謝るから。

「女ってのは、この顔面傷だらけの奴か?」

ぴんときた。
こいつはきっと誘拐だな。
今までの人生経験がそう語っている。
京極家になんらかの関係がある人間だと見た。

あたしは自由な手で、そいつの顎めがけて手を振りかぶった。
見事直撃。男の手から、携帯が離れた。しかしあたしは解放されない。

男があたしを睨み付ける。
あたしも同じように、そいつを睨み付けた。

左足を振り上げて、わき腹を蹴った。
軸にしている右半身が痛い。
いつになったらこの右半身は治るんだろうか。ぼんやり思いながら。

ずきりと顎が外れそうな痛さが襲った。
男は表情を変えないで、あたしの顎を掴む手に力を入れている。

外れる外れる外れる。てか、顎が割れる割れる。

「う、…」

肉に食い込んでる食い込んでる。骨も痛いし、皮膚も痛い。
先日司と殴りあったときの切り傷にも触れてるわけだし、かなり痛い。

「んんんんんんん」

落ち着いて、言葉のイントネーションで伝えてみた。
一応「やめてください」といってみたつもりだった。
音の高さで伝わったはず!

そして想い伝わったのか、手のひらが離れた。

隙を見て、すぐにそいつから離れた。
正しくは、離れようとした、だ。

「い、だ!!」

すぐに離れたつもりだったけど、伸ばしっぱなしの髪の毛が掴まれた。
仕方ないから、妙な体勢でそいつを殴った。

「っ、ってぇな!クソアマ!!」
「んだよてめぇ!!どこの組の者だ!!」

いつの間にか朝日が強く差し込んでいることに気付く。
もしかしたら運よく人がいるかもしれない。


「っ、う」

顔面に強い衝撃が走る。
全身の力が抜けたのが分かった。

脳味噌が揺れる。
視界が真っ白になった。
待て、自分、もうちょっとだけ耐えろ。まずい。

歯を食いしばったけど、膝が冷たいアスファルトについたのが分かった。