そしてもう1つ。
先日の件で、あたしは気になったことが増えた。


『僕のことは、辰巳さんに聞くといいよ』

ぽつりと言ったあの言葉。

司が何者なのかは気になるが、何故自分の口から話そうとしないのだろうか。
言えないようなことだとか、あるのだろうか。

いいや、それも全部父さんに聞けば済む事だ。

襖を開けて、ぼんやり外の庭園を見てみた。
胡蝶蘭が下を向いている。
そろそろ手入れをしてあげないとなぁ。

ぼーっとした頭でそんなことを考えた。


今日は家に司も居ない事だし、父さんも起きているだろうし、部屋にでも行くか。

あたしは立ち上がった。


と、そこでいつも愛用しているオレンジペンが全てきれてしまっていたことを思い出した。
学生の強い味方、オレンジペン様だ。
テスト直前にオレンジの字を赤下敷きでさっと隠して、なんとか覚えようとするアレだ。
赤ペンよりもオレンジペンのほうが早く減って仕方ない。
これでもちゃんと学生をやっている。
当主を目指す人間が、能無しと謳われていては仕方ない。まずは学生の本分、勉強からしっかりやっていかねば。

こんな早すぎる時間、文房具屋も本屋もやってはいないだろう。
少々お高くつくが、コンビニに行くとするか。

あたしは財布だけを持って、甚三が居る部屋に顔を出す。

「甚三、ちょっとコンビニ行ってくる」
「お嬢、そんなの俺に頼んでください」
「いいよ、すぐそこだし。じゃあ、行ってきます」

襖を閉める。
コンビニくらい自分で行かないと、駄目人間になりかねない。
家の者は何でもかんでもやりたがるもんだから、いつか自分がすたれてしまいそうだ。至極真面目に。

玄関の戸を開けると、外の冷気は予想以上に身に凍みた。

本当に冬が近づいてきた。億劫だなぁ。

上着のチャックを顎まで上げて、風が入り込まないように肩を竦めた。

まだまだ朝日は完全に昇っていなかった。

薄暗いこの朝の感じ、嫌いじゃないけどどうしても妙な気分になる。本当に今は朝なんだろうか、と。