マイさん

 高校一年の時から憧れでした。憧れを憧れのままにしておくのは僕の中では忍びなかった。体に溜まった思いは徐々に割れた風船のように漏れ出ていたのです。しかし、マイさんは僕の事を知らないかもしれないです。常に屋上にいる僕の事を。正確には屋上から吸う空気が好きなんです。その空気をマイさんと共有できたら、学園生活を共に共有できたらと思い手紙に思いを書きました。僕は思うんです。人生の幸福な瞬間とは愛する人と思い出を共有することだと。返事待ってます。
                                  安東ツカサ

 手紙にはストレートな思いが綴られ、幾分か知的で詩的な要素も見受けられた。それは、なぜだかわからないがリンの心に響いた。安東ツカサとは会話もしたことないければ、席が隣同士になったこともない。二年連続で同じクラスになったはいいが、ツカサの人気は学園内でずば抜けていて、誰もが憧れの眼差しを送っている。それに拍車を掛けるようにツカサはクールさに磨きがかかりトレードマークであるヘッドフォンを付けながら音楽を聴き感情すら流してしまっているようにリンには見受けられた。要するに、いや、端的にいって近寄りづらいのだ。さらに言ってしまえば、何を考えているかわからない。
 リンは辺りを見回した。というのも、紙ヒコーキが飛んできたとなれば、近くにツカサがいると思ったからだ。『ペイン学園』はV字形に建物が設計されておりリンは左翼棟にいる。飛んできた方角からすると右翼棟と判断した。リンは右翼棟を見た。凝視した。が、誰もいなかった。そこには校旗が陽炎のように規則正しく揺らめき、リンの心を揺さぶった。このラブレターをマイ先輩の下駄箱か直接手渡すか。いや、そんなことをしなくてもいいのではないか。だって、このラブレターは紙ヒコーキと存在し開かなければラブレターとして存在しなかったのだから。であればなぜツカサは紙ヒコーキとして飛ばしたのだろう。文面には綴りの間違いもなく、少し偏執的な表現を除けばストレートなラブレターだ。それがマイ先輩の心に響くかは謎だが、リンの琴線には触れるものがある。調律したてのピアノから放たれる一音のように。
 リンは紙ヒコーキ兼ラブレターの返信を自分が書くことにした。もしかしたら紙ヒコーキにして飛ばしたのは運命を委ねたのかもしれない。それか運命と偶然を天秤に掛けたのかもしれない。リンだったらそうする。ツカサのクールな表情とその内に秘める心情を彼女は想像した。もちろんわからない。しかし、彼ならその運命に掛けるのではないか。リンはマイ先輩に成り代わりラブレターに返信することを決めた。決断した瞬間、風が紡ぎ、散り、数秒後、静かに止んだ。


 ツカサ君

 これは偶然と偶然の連鎖が生み出した運命なのでしょうか。私達は一つとして混じり合うものはない。二つとして同一の存在ではないし、相見えない。三つ目の心の瞳は交錯することなく、四つ目の方角に光はない。五つ目は互いの心臓が惹かれ合う。私はあなたを知らない、知らないからこそ二度咲くことない空花が私の手に落ち、咲いた。
                                   宝条マイ