というわけで現在に至るのだが…結局秋紀は全く上達していない。
というのも、相手は自分が恋焦がれていた相手。執事となった今でも結局その気持ちを消すことなどできていない。
ダンスのために手をつないで腰に手を回され、顔が近づいて…
ドキドキしないはずがない。
それに気付いてないだろう朝陽は毎回練習し始めると来る。
その度に覚えたことが頭から離れ、新しいことは頭に入ってこない。
とりあえず悪循環なのだ。
叶わない恋を諦めようとしているのにこんなことをされては、さらに好きになっていくばかりだ。
「人には向き不向きがありますから。1つぐらいできなくても大丈夫ですよ。」
立場上ダンスはできないとまずいの!というか、半分はあなたのせいなんだけど!?と思ったが口には出さないでおく。
「僕にもできないことの1つや2つぐらいありますから。」
朝陽の発言に驚き、振り向こうとすると、動かないでください。と朝陽に注意される。
「朝陽にもできないことがあるの!?」
前を向きながら問いかける。
朝陽にできないことなどないと勝手に思い込んでいた。
勉強もスポーツもでき、髪結いからダンスまで。秋紀の前で朝陽はなんでも完璧にこなしていた。
髪結いはいつも、今は休養中の麻耶にも負けないぐらい驚くほど手の込んだ髪型に仕上がる。
いや、麻耶よりもすごいかもしれない。
「そりゃ、僕だって人間ですから。」
朝陽は困ったような声を出す。
そして、はい終わりです。と秋紀の髪から手を離す。
「ねぇ、できないことって…何?」
振り返った秋紀は朝陽を見る。
すると朝陽は唇の前で人差し指を立てて
「秘密でございます。」
と、微笑んだ。
思わぬ不意打ちにドキッとしてしまい、秋紀はなんとなくそれ以上聞くことができなかった。