「ずるいっ!」


サイン色紙を抱きしめ、美緒は豪快に口をとがらせている。


「わたしだって矢島湊に会いたかったぁ!ずるいずるいずるい~~~~!!」

「お母さんだって、まさか会うとは思ってなかったんだよ。ホントに偶然で。」


信じてたまるかといった感じで、ぷいっと顔をそむける。


「でも、ほらサインみてよ~。『美緒ちゃんへ』って、ほらこれっ!」


わたしの言葉に、チラっとサインを確認する美緒。
相変わらず口はとんがったままだ。


「お母さん、美緒のためにお願いしたんだよ!世界に1枚だけ、美緒だけのサインだよぉ~」


『美緒だけの…』が気に入ったのか、とんがった口が少しずつ元に戻ってく。


「…ねぇ、かっこよかった?どんな人だった?優しかった??それとも意外に怖い人だったり。」


美緒の勢いに圧倒されながらも、わたしは思わず彼との時間を思い出し顔がほころぶ。


「なに、その顔あやしぃ~~~。お母さぁ~ん??」


美緒がじろじろを顔を覗き込む。


「いやいや、ホント少し話しただけだって。
いい人だったよ。ほら、サインも嫌がらず書いてくれたし。」


早口のわたしに納得いかない顔の美緒だったけど
サインを何度も見つめてはうれしそうに微笑んだ。


「明日、会えたりしないかな~。」


サインを胸に抱きしめながら、美緒がつぶやいた。
明日は友達が勤めるTV局の見学ツアーに参加する予定だ。

「普通のツアーだからねー。あんなに有名な人がいたら騒ぎになっちゃうだろうし、
さすがにそういうのはないんじゃないかなー。」


「えぇ~つまんないなー。せっかくTV局行くのにー。
うぅーーーーやっぱりお母さんだけずるいっ!」

口をとがらせてはサインを見て喜び、何度も何度も同じ話をループして
時計が11時を回るころ、やっと美緒は眠りについた。


静かな寝息をたてて眠る美緒の髪を撫でながら、また彼の笑顔と言葉を思い出す。



「わたし、普通のお母さんに見えたって…」



何とも言えない気持ちを抱きしめながら
美緒の横で目を閉じた。
彼との出逢いに心から感謝して。