――加速する、恋。




びゅう、と風が吹き抜けて、私の髪と彼のジャケットを揺らしている。見上げた空は、今にも雨が降りそうな色をしていた。


「乗ってくか?」


バイト終わり、片手にヘルメットをぶら下げて、同じバイト先の先輩である安藤さんが言う。私が断るなんてこと、思ってもみないような口ぶりで。
それでも彼はやっぱり先輩だし、「悪いんでいいですよ」と遠慮した。実際は、遠慮とか抜きで緊張するから嫌だったんだけれど。


「いいってそういうの。家どこだっけ?」

「・・・申し訳、ないです」


やっぱり。はなから私を送ってくれるつもりだったんだ。じゃあ何でわざわざ、乗ってくか?なんて聞いたんだって話だけどまあいいや。私は彼に自宅がある場所を伝え、ヘルメットを受け取った。被り慣れないそれの仕組みとか、全てが初めてで、不器用な私に彼がそっと手を伸ばしてくれる。あほだなぁ、と少し笑う彼の手によって、かちりと顎の辺りでヘルメットが固定された。男の人のバイクの後ろに乗ったのは勿論初めてで、どきどきしながらただただ駆け抜ける景色をみることしかできなかった。ちかちかと光るネオンが、夜を思わせてくれる。鼻を掠める雨のような匂いと、夜風の匂いと、安藤さんの匂いと。そんなものにまた体温が上昇して、腰に回した手の力を少し、強めた。彼の背中に顔を寄せると、吹き抜ける風と反対に、とても温かくて心地いい。もしもこのまま事故でも起きたら、そのときは一緒に死ぬのかな。それでも、悪くないのかもしれない。


「はい、とうちゃーく」
「あっ・・は、早いですね・・・」


思わず口から零れた本音に唇を噛むと、安藤さんはまた、にこにこして、ヘルメットを外してくれた。顔が、やけに近い。私がただ、意識してるだけかもしれないけど、ほっぺたが、熱い。バレてないといいな。あっ、目が合った。


「ん?何?」

「・・・いえ、なんでもな」


言いかけた唇が、塞がれた。
街灯の、じりじりという音が、やけに耳障りに鼓膜を揺らす。心臓がばくばくし過ぎて、体を突き破ってしまうんじゃないかと思うほどだ。どうしよう。正直、今の状況にめちゃめちゃ焦ってて、でも嬉しかったりもして、どうすればいいのか分からないよ。唇が離れた瞬間、彼の整った顔が目の前にあって、ああ私今、この人とキスしたんだって、当たり前の事実を思ってしまった。


「・・・えっと、な、なにを」

「今日はこれだけで我慢しとくよ。」

「が、我慢って・・・」

「手、貸して」


いきなり、何を言い出すんだ。もう多分、私の顔は真っ赤で、もう彼にもバレてるんだろうな。なんてぼんやり、服の袖を弄る仕種をしたら、痺れを切らした安藤さんが、私の手首を掴んで、手に何か握らせた。かちゃり、という冷たい音と感触がして、すぐに見てみる。と、どうやらそれは何かの鍵のようだった。
なんですか、これ。と尋ねる前に彼は、それ俺ん家の鍵だからいつでも来いよ、と言った。

やばい。やばいやばい。頭がふらふらする。はい、と小さく返事をしたら、彼は風のようなスピードで、小さくなった。夢、とも思うくらい、あっという間のことだった。


「いつでも、来いよ」


彼が言った言葉を繰り返し頭のなかで呟いてみる。どうしよう。もう完全に心を奪われてしまった。このあと私は部屋に帰って、ベッドに飛び込み、足をばたばたさせるんだろうな。それはもう、ドラマのヒロインみたいに。






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