驚いて、バッグを落としてしまった。私が焦って声を出すと、彼が柔らかく私を抱きしめながら頭の上で呟く。黙って、って。じっとして。・・・俺、こうするのが好きなんだよ。そう言って、私をぎゅうっと熱い腕の中に閉じ込める。

「・・・あんたの匂いも、声も、好きだ。すぐオロオロするところも泣きそうな顔も。でもやっぱり―――――――もっと、笑顔が見てえんだよ」

 ぐぐ~っと、何かの温かいものが体の中で湧き出したのを感じた。私は急に潤んだ視界を何とかしたくて、何度も瞬きを繰り返す。

「・・・あの・・・龍さん」

 私が出した声は掠れて小さくて、彼の胸で消えてしまう。

 彼は私を抱きしめたままで、ゆっくりと言った。

「一緒に住めば、その機会は増えるよな。だから・・・嬉しい」

 呪縛からとけたみたいに、私の両手に力が戻った。そろそろと腕を伸ばして、私からも彼を柔らかく抱きしめる。この頑丈で、細くて、温かい体を持つ人が、私を必要としてくれている。そう思っていいのかな・・・。

 彼の体からは石鹸の香り。それに全身包まれて、私は目を閉じる。

 私は一人で暮らしたい、そう思っていたけれど・・・一緒に住むって、素敵かもしれない。そんなに一人で暮らすことに、こだわらなくていいのかもしれない。そんな考えが、心の隅に浮かんだのに気がついた。

 ・・・だって、この人が喜んでくれるなら。


 その後龍さんは嬉々として、そもそもの原因である姉の結婚話を楽しそうに私から聞き、じゃあ俺の引越しはお姉さんと話して決めるってことだな、と言っていた。

 それからお腹空いてない?と私に聞く。